11月27日、新宿に永沼敦子写真展を観にいった。
タイトルは「虹の上の森」。
印象は遠近感をほとんど感じさせないこと。「場面」を切り取っているというか、抜き取っていること。「意味」というものが写真を観ていても浮かびあがってこないこと。
永沼敦子のウェブサイトにある写真を毎日のように観ているが、それは何かにひかれていることにはまちがいなく、それは写真の美しさ、切り取っている場面の鮮やかさというものにひかれているのだと思うが、毎日の生活のなかでは小さなインパクトをもっていることなのだ。
新宿ニコンサロンで観る永沼敦子の写真はウェブサイトで観るものと基本的に同じであり、この空間のなかではパソコンのなかで観ていた美しさ、鮮やかさはあまり感じない。感じるのは写真が「意味」をもっていないこと、もとうとしていないことだ。これはとても面白く、どういうことなんだろうなと思った。
空を切り取っている数枚の写真をながめながら、「永沼敦子にとって写真を撮るとはどういう行為なんだろう」という思いがわきあがってきた。しばらく写真をながめつづけた。空の映る写真をみながら考えた。しかしここまでにしておこうと思った。行為の意味を考えることは、写真をみるということの体験をそいでしまう。
なにかを観たいと思い、そのなかに衝動のようなものがあったら、動くことにしており、今回は写真だった。新宿の西口はビルばっかりで無機質な感じがしてなじめない。しかし余計なものがないぶん、写真を観るにはいいのかもしれない。
いつもぶ厚い『ガニメデ』43号に載っている、里中智沙の詩「さくら」、「淡墨桜」二編を読む。
里中さんの詩といえば、歌舞伎を題材にした歌舞伎詩をおもいだすが、今回は歌舞伎の詩ではない。
「淡墨桜」は樹齢1500年の桜みずからの「嘆き」、「つぶやき」という形をとって作った作品。
流れとしては今まで里中さんが書いてきた詩のなかにあるものといえる。
歌舞伎ファンで、坂東玉三郎のファンでもある里中さんに歌舞伎座のチケットの買い方をていねいに教えてもらったが、クレジットカードでモノを買うということにどうも腰がひけて、まだ行ってない。
『体は全部知っている』を読んで、この短編集のことを書いてみようといろいろ考えているうちによしもとばななの小説は「鉱脈」になりうると思った。
『哀しい予感』、『アルゼンチンババア』、『体は全部知っている』と読んできたが、よしもとばななは今の日本の社会、家族、個人のかかえる問題を極端な形で物語化し、象徴とし、まるでおとぎ話のような「現代の民話」を書いているともいえる。
ちょうど吉祥寺のブック・オフで買った柳田国男の『日本の昔話』を、こっちは喫茶店で読むために買ったのだが、読んでいて似たところがあると思った。
今の社会で、家族や個人におとずれる問題を、その立場を、よしもとばななは極端化し、開き、まとめ、「類型的な物語」にしようとしており、小説のなかにふくまれている、ある種「類型的な書き方」とも読める文章はここからきていると思う。
よしもとばななの最新作の『サウスポイント』は、これまでのような「現代の民話」を書いているのかどうか、ぼくの関心はまずそこにあった。
ソルジェニーツィン死す。昨日、夕刊を見ていたら、「ソルジェニーツィン氏死去」と載っていた。
強い影響を受けた。『収容所群島』は決定的に重要な書だった。
孤独だった80年代、ぼくを支えた数少ない柱のひとつだった。
本棚に『収容所群島』、『煉獄のなかで』、『ガン病棟』、『仔牛が樫の木に角突いた』、『甦れ、わがロシアよ』といった本がみえる。
ある時期まで手にはいる本は全部読んだと思う。
1990年12月の発行となっている『甦れ、わがロシアよ』が買った最後かもしれない。距離を感じたのだと思う。
それでもずっと気になっている人で、新聞にソルジェニーツィンの記事が載ると読んでいた。
ロシアに帰ってからの発言にピンとこないこともあって、ぼくのなかでは過去となっているのだと思う。しかし忘れることはできなかった。ぼくの人生は『収容所群島』を中心とするソルジェニーツィンの作品につよい影響を受けている。世界もそうだと思う。ソルジェニーツィンがソビエトという社会で、何が起きているかをあきらかにしたのだ。
『哀しい予感』、『アルゼンチンババア』、『体は全部知っている』と読んできて、このよしもとばななのいちばん新しい小説『サウスポイント』で、散文修行よしもとばなな篇は一応区切りとなる。どうなるか。
まず書店のカバーを取り、帯を外す、サンダルばきの足を撮っている装丁。中央公論新社刊。これは1500円+税を出して買ったんだ。ブック・オフではまだ売ってなかった。しっかり読もうじゃないか。
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