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きのう梅雨が明けた。ずいぶん早かったな。
<朝の読書タイム>のとき読んでいた藤沢周平の小説を2回ずつぐらい読んでしまい、<朝の読書タイム>のときに読める日本の小説を探して、この「小泉八雲集」にたどり着いた。
(外国の小説家と日本の小説家のものを交互に読んでいた。)小泉八雲は日本の小説家じゃないが、書いているものは日本の物語らしいものだし、緊張を強いない、リラックスさせてくれる、筋をたどりやすいものだろうと思った。
「怪談」という映画をだいぶ前に観ていて、小泉八雲の書いたものを下敷きに作ってある映画で、「耳なし芳一」とか「雪女」とかが映画にされていて、けっこう怖いものだったので、ああだと困るなと思ったが、手に取った文庫本からして民話的な感じがするし、大丈夫だろうと思った。
読み出してみると、小説ではなく、「物語を語る」、「物語を説明する」といったものだった。
面白い。
掘り出し物だった。
「小泉八雲集」には物語だけではなく、評論や随筆もはいっていて(「日本人の微笑」という評論は印象深かった)、小泉八雲は日本人に対してずいぶん肯定的であること、日本人に入れ込んでいることが分かる。日本を美化しすぎているんじゃないかとも思ったが、その背景には小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの自分の生まれ育った西洋の近代文明への敵意に似た違和感があるようだ。
ちょうどこの「小泉八雲集」を読む前に読んでいたのが会田弘継の「それでもなぜ、トランプは支持されるのか」という本で、それこそトランプがなぜ支持されるのかをたどる本で、この「小泉八雲集」とは水と油ほどちがう本なのだが、そこにラフカディオ・ハーンの名が出てくるのだ。
なんとも面白い話で、書き手の会田弘継がアメリカの保守思想の源流の一人であるような人物に会いに行ったとき、その人物からラフカディオ・ハーンの書いたものへの愛着を聞かせられる個所があるのだ。
この人物はラッセル・カークという人で、1918年から1994年まで生きた人で、1953年に出版された「保守主義の精神」がアメリカの保守思想の原点の一つらしい(アメリカの保守思想はなんて始まりが遅いんだろうと思った)。小泉八雲ことラフカディオ・ハーンは1850年から1904年まで生きた人で時がちがう。それもアメリカから来たとはいえ40歳の時から日本に住み始め、日本にずっと死ぬまで暮らした人なのだ。ラッセル・カークとは時も場所も違う人間と思えるが、西洋近代文明への深い違和感と拒否感が時と場所を越えて共鳴してるような感じを受けた。
さっきニュースでやっていた。
ここ1,2年ビーチ・ボーイズが好きになって、聴くようになっていた。CDも買った。
このニュースをさっき知った。
ドナルド・トランプ自身は分かりやすいといえば分かりやすい人間だが、ドナルド・トランプを支持する人たちが分からなかった。こんな詐欺師まがいの人間をなぜ多くのアメリカ人が支持するのか、見えなかった。一応「切ない人たち」「バカな人たち」「いいかげんな人たち」と印象と想像を合わせて、ドナルド・トランプを支持する人たちはこの三つのグループに分けられると判断し、それで収めた。これ以上のことは分からなかった。
しかしドナルド・トランプが再選され、その言動でますますトランプが嫌いになり、従ってトランプを支持する人たちも嫌いになった。分からないままでもいいと、向こう岸にトランプを支持する人たちを押しやっていた。
でもトランプを支持する人たちを理解する道筋を与えてくれそうな本に出会った時、飛びついた。「トランプを支持する人たち」が気になっていたのだ。ずっと謎だったのだ。トランプが再選されて以来いやでもその人たちのことを考えさせられていたのだ。
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本屋で初めに載っている「序論」の数ページを立ち読みして買う気になったのだが、家に帰って落ち着いて読んでみればここは良くなかった。ジャーナリストの速書きといったところで、浅く速く書きすぎている。そのあとの本編が良かった。ここは参考になる。アメリカに「1984年」を書いたジョージ・オーウェルに影響を与えた思想家がいたことに驚いた。読み進むにつれてアメリカのイメージが変わってきた。こんなに複雑な思想の世界があるとは思わなかった。考えてみれば、ぼくはテレビ、新聞、雑誌、週刊誌などのマスメディアでしかアメリカの情報を得ていなかった。本もある程度読んできたが、ぼくが読んだ本には、会田弘継が知らせているアメリカの思想史のようなものは記されていなかった。
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これでトランプ現象はだいたい理解した。前より冷静にトランプに関する報道を見ていられそうだ。トランプ自身は大したことない。しかしドナルド・トランプを支持せざるえない人たちが確かにいるのだ。トランプ以外のカードはないわけだから。
長島茂雄が死んだ。
象徴的な出来事だな。
子供の頃、銭湯に行ったとき、かならず靴入れ箱の3番が空いているかどうか、目で追っていた。
長島茂雄の背番号は3番で、長島茂雄はヒーローだった。
靴入れ箱に履き物を入れて、扉を閉めると鍵がかかり、「3」という番号のついている木の札を抜くともう扉は開かなくなるのだ。
その3番の札が欲しかったのだ。
少年時代が過ぎると長島茂雄への興味は徐々に薄れていったが、
長島茂雄と聞くとあの銭湯の3番の札が必ず思い出されたのだ。
長島茂雄の時代が終わったんだな。
合掌。
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