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2025年5月

2025年5月31日 (土)

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2025年5月30日 (金)

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2025年5月23日 (金)

福田恆存「人間・この劇的なるもの」

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名前は昔からよく知っていて、本屋でみつけたとき、読んでみようと思った。

 

読んでいて、こういう見方というものがあるんだなあというのが第一の印象だ。

 

唐十郎を思い出した。福田恆存も唐十郎も演劇をやっているからか。演劇をやっている者たちがよく持つ「見方」なのか。

 

福田恆存はみずからの「見方」でためらうことなく考えを組み立ててしまうんだなあ。

 

福田恆存は開かない。

 

何かを解決しようというのじゃないな。

 

ある視点に立った見方ですべてをとらえる。断定する。

 

保守的ということを何をいっても、何をやっても自分自身は変わらないということだとすると、福田恆存は保守的だ。小林秀雄も保守的というイメージがあるが、小林秀雄は開いている。変わっていける人だ。

 

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「四」のマクベスを語るところで福田恆存は変わってくる。ここで福田恆存は開いてくる。福田恆存の自身の知というものを感じる。

「シェイクスピアは生きた人間が動きまわる姿を愛し、それを作品に写しとったのである。劇詩人としての才能を除いては、かれは一個の凡庸人だったに相違ない。」

「私たちに堪えられないのは受苦そのものではなく、無意味な受苦なのである。偶然の受苦、とばっちりの受苦、自分の本質にとって必然でない受苦、それが堪えられないのだ。」

ここでは福田恆存は自分というものを出している。

 

「五」を読んで福田恆存の保守ぶりに興味を持った。この視線はどこから生まれてくるのだろうと思った。この立場はどこから。福田恆存だけが持つ知の鋭さがある。

2025年5月22日 (木)

ヘーゲル「哲学史講義Ⅱ」から

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「世界の本質は、自分に還っていくものの自己帰還の運動にほかなりません。」

2025年5月21日 (水)

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2025年5月20日 (火)

朝食

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2025年5月19日 (月)

葉の群れ

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2025年5月18日 (日)

ヘーゲル「哲学史講義Ⅱ」から

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「そして、純粋思想の運動は、思想が自分自身とはちがうものとなる運動、自分と他者の統一だけが真に正当なものであることを示す運動です。」

2025年5月17日 (土)

紅い花

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2025年5月16日 (金)

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2025年5月15日 (木)

風景

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2025年5月14日 (水)

風景

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2025年5月13日 (火)

赤い葉

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2025年5月12日 (月)

ぶどうときなこ

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これに温めた牛乳をいれて食べる。

2025年5月11日 (日)

ツツジ

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2025年5月10日 (土)

片山洋次郎「整体かれんだー」

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ユーチューブでみた胸椎11番の動きをよくする「伸び」が参考になった。

2025年5月 9日 (金)

原っぱ

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2025年5月 8日 (木)

紅い小さな花

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2025年5月 7日 (水)

花たち

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2025年5月 6日 (火)

映画館で

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「アラビアのロレンス」は風景の美しい映画だった。

2025年5月 5日 (月)

パンを食べる

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マクドナルドのビッグマックのセットだと半分ぐらいの値段で食べられるし、おいしいんだが、ここへ来てしまう。

いろいろなかたちのパンが食べられるからだな。選ぶたのしさがある。

2025年5月 4日 (日)

花と影

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2025年5月 3日 (土)

鯉のぼり

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2025年5月 2日 (金)

ヘーゲル「哲学史講義Ⅱ」から

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「が、プラトンは逆で、限界こそが真理であるといいます。限界なきものはいまだ抽象的であって、限界づけられ、みずから輪郭をはっきりさせ、みずから限界を設定するもののほうが高度なのです。」

2025年5月 1日 (木)

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