朝の空
晴れ。近くの公園まで行って撮る。
カメラからのぞいて晴れわたった空というのはひさしぶりだ。
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晴れ。近くの公園まで行って撮る。
カメラからのぞいて晴れわたった空というのはひさしぶりだ。
曇り。
『猿の惑星 創世記(ジェネシス)』観に行ったが、カタルシスのない映画だった。
五木寛之と香山リカの対談本『鬱の力』(幻冬舎新書)面白かった。だいたい納得した。五木寛之はあまり読んでこなかったけれど、ここでの五木寛之は印象深い。
曇り。小さな公園に行って撮る。サンダルだと足が寒い。
曇り。
今日は何もしない。
テントを立てている井の頭公園木もれ日原っぱというのは、三鷹の森ジブリ美術館のすぐよこにある原っぱで、ぼくは二度目になる。
当日券を原っぱにある受付で買ったのが昼の1時45分くらい。開場が6時30分だからだいぶ時間がある。三鷹駅前まで歩いて本屋で文庫本を買い、マクドナルドをさがして入る。
薄暗い地下のマクドナルド。ほとんどがひとり客。<近代>もわるくないじゃないかと思ったりする。
5時半ごろまた歩いて原っぱにもどる。あちこちのベンチにすわって時間をつぶしているとようやくうす暗くなってきた。
唐十郎の作・演出にして最新作の書き下ろし『西陽荘(にしびそう)』。
主演の稲荷卓央の演技が、始まってしばらく経っても普段よりも力の抜けたままなので、『西陽荘』はそういう芝居なのかと思ったがそうではなかった。
あいかわらず筋は分からない。分かろうとしてはいるがわからなくてもいいじゃないかと思っているので分からないままになる。
ずっと唐組の芝居に出ていた鳥山昌克は池袋で墓守人の仕事をはじめたようで今度の芝居にも出ていない。辻孝彦はいたが、観たことのない役者も出ていて、唐組も世代交代というか役者たちが代わりつつあるのかと思ったりする。
前作の『ひやりん児』は無理に力をいれて芝居を観る必要はないのだと思うものだったが、『西陽荘』もその路にある。しかし流れは『ひやりん児』よりも強いものを中盤以降感じる。舞台に流れている時間がいちばん速くなるラストは引っぱりこまれた。
藤原新也の『なにも願わない手を合わせる』(文春文庫)を読み終わった。
こんなオリジナルの反近代の人ほかにいないなと思った『新版東京漂流』よりもかなりおだやかになっている。
物語性のあまりないところから文章をたちあげてきてしっかりしみじみ読ませる。読む者を癒しなごませる。意外な感じもするが、『新版東京漂流』の元本の『東京漂流』から20年経っているわけだからその変化は当然か。
まったく独特の方向から「文学」へやってきた者という感じ。
晴れ。
今日は気温が上がるらしい。
曇り。
秋だ。
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