「蝶であった日」をよむ
中本百合枝さんの詩集『蝶であった日』(書肆山田)をよむ。
語りのような詩行が日本語のリズムとぴったり合って、詩というよりも詩歌と呼びたくなる。よんでいてこんなふうにやさしくよめる詩集はひさしぶりだと気づく。
おとなしく静かにみずからの日々をかたる。たいへん心地のよい詩集だ。ときどき出てくる詩のワザはもう要らないのではないかと思う。
よい詩集に出会うと心が満ちる。
中本百合枝さんの詩集『蝶であった日』(書肆山田)をよむ。
語りのような詩行が日本語のリズムとぴったり合って、詩というよりも詩歌と呼びたくなる。よんでいてこんなふうにやさしくよめる詩集はひさしぶりだと気づく。
おとなしく静かにみずからの日々をかたる。たいへん心地のよい詩集だ。ときどき出てくる詩のワザはもう要らないのではないかと思う。
よい詩集に出会うと心が満ちる。
山本周五郎の『さぶ』(新潮文庫)。大きな影響を受けた小説となった。
短歌の雑誌『掌』(掌の会)100号。泉まやの歌が新鮮だった。
「水の匂いだと思っていたのは、木の匂い。あの日とは何かが違っていた」
長田典子さんの個人詩誌『KO.KO.DAYS(ここでいず)』3号に詩「歩く、買う」を寄稿しました。個人詩誌に書かせてもらうのは久しぶりです。
伊藤芳博の詩集『誰もやってこない』(ふたば工房)を読んだ。合わせて3日間で読んだから、ぼくとしてはよく読めている。この夏くらいからかなり詩集を読めるようになった。
『誰もやってこない』は伊藤さんの前向きに倒れているような姿勢が印象的な「強い詩集」だ。
巻頭の「同時多発テロ」は高層ビルに突っ込む飛行機を映すテレビの画像と、伊藤さんの生活の世界を交差させるように描き出し、「同時多発テロ」と伊藤さんの生活を拮抗させ、対抗させているすぐれた一編だ。
ぼくは詩に政治的なことを書くことには反対という考えだ。『誰もやってこない』はほとんどが政治的、社会的な題材を扱った詩の詩集だが、数編をのぞいて違和感をもたなかった。それはこの詩人がみずからの「立場」よりも世界で起こっている出来事に肉薄しようという「こころ」の方を書きえているからだと思う。
『本居宣長』読み続ける。江戸時代の文に出会ったときは、声を出してよむことにした。そうするといくらか、体に入ってくる。よんでいて文章の中を小林秀雄の柔らかな心が流れているのを感じる。
待望の小林秀雄の『本居宣長』(新潮文庫)を読みだすが、最初のほうから江戸時代の人である本居宣長の文がそのまま長く載っているところがあり、とりあえずここは軽くながして続きを読もうとするが、またこういう文が載っている。これはだめだな、『本居宣長』はあきらめて、最初に読んだ『考えるヒント』にもどろうかとも思ったが、どうしたもんか。喫茶店で読むには向いていない。
読みつづけるが、何で小林秀雄はこんなに読みにくいものを書いたのだろうと思わずにいられない。読者が苦労するだろうことは当然わかっているのだ。何か考えているのだ。
大家正志の批評・エッセイ集『わたくしごと』(ふたば工房)を読んでいる。
「SPACE」という雑誌に書いた長めの編集後記のようなものを集めて作っていて、1998年のものから2008年のものまで載っている。この人は詩人である。こういう人がいたんだなあと思う。確かな文章力で気楽に読ませ考えさせてくれる。
著者のアンテナにひっかかったものを、音楽、映画、文学、美術、社会的出来事などについて書いていて、河瀬直美、小津安二郎、ジョン・コルトレーン、藤原新也、キム・ギドクなどなどアンテナはいろんなものをキャッチする。
「小津の映画をTVで見る」「コルトレーンのこと」「キム・ギドク」、この三つがとくにいい。
詩の世界にこういう人がいたのかと、驚きつつ読んでいる。
『Xへの手紙・私小説論』(新潮文庫)を読んでいる。
この本で初めて小林秀雄が小説を書いていたことを知った。最初にある「一ツの脳髄」は面白いもんじゃない。小林秀雄自身が面白い小説を書こうとしていなくて、何か別のことを考えながら書いている。
小説は「一ツの脳髄」「女とポンキン」「からくり」「眠られぬ夜」「おふえりや遺文」と載っているが、「おふえりや遺文」の途中でもういいだろうと思って、飛ばして、批評を読んでいる。
柳田国男の『遠野物語』(集英社文庫)のなかにはいっている「涕泣史談」が面白かった。
「へぇー」とか「なるほど」とか思いながら読んだところがいくつかある。そのなかのひとつをあげておく。
「表現は必ず言語に依(よ)るということ、是は明らかに事実とは反している。殊に日本人は眼の色や顔の動きで、かなり微細な心のうちを、表出する能力を具(そな)えている。誰しもその事実は十二分に経験しておりながら、しかもなお形式的には、言語を表現の唯一手段であるかのごとく、言いもしまた時々は考えようともしている。」
まだまだまだ小林秀雄から多くのものを吸収しつづけている。
昔のノートを読み返していたら20代半ば頃に『ドストエフスキイの生活』を2日で読んだという記述があった。読んだこと自体を忘れていた。
ちょうど今、小林秀雄を読むのにいい時期が来たということかもしれない。
宇多田ヒカルの本、『点ーtenー』(EMI Music Japan Inc)を読んでいる。
宇多田ヒカルがじぶんで書いている「はじめに」を読んだ中心的な印象は「スピードがある」ということ。
素直でストレート。読んでいてきついなあと思うところもあるが、ほとんどが「時代の言葉」ではなく、自分のなかを通ったコトバを書いている。それは大したことだと思う。
相変わらずねちっこい、濃い、エロスにみちた詩をとどけてくる。上手い詩人でもある。こういうエロスと社会を視野にいれた詩を書く個性というのは、ぼくはあんまり知らない。
がっかりしたところもある。この詩集には突然俳句がでてくる。俳句の集まりで作ったという句が12ページにわたって載っているのをみて、何故だろうと思う。この詩集に必要なものだとは思えない。正直ゆるんでいると思った。
しかし詩を読んでいて、築山登美夫はまだ「違和」をからだのなかに残していると思った。そのことを感じた時、ぼくのなかで黙りこむものがあった。この詩人について考えた。
猥雑なギトギトした詩行をつくりあげてきた築山登美夫はシンプルなほうへ、簡潔なほうへすこし動いたようにみえる。猥雑だけれどもくっきりした輪郭の詩がある。「青空」にそれを感じる。「青空」はその果てに自在さも持っていて、ぼくは可能性を感じた。
築山登美夫(つきやま・とみお)さんから送ってもらった詩集『悪い神』(七月堂)、ちょっと読んでみようかと思ったが、本のページが開かない。本のなかの紙の、下と横が裁断されていない。こりゃあ製本ミスだなと思ってハサミとカッターナイフで結局、最初から最後まで自分で裁断することになった。
とにかく知らせたほうがいいだろうと思い、メールを出した。返信が来て、これは製本ミスなのではなくて、「フランス装」という本の造りだと知った。(ペーパーナイフあるいは食事用のナイフで切りながら読むという形式)。フランス装の本来の形式だそうだ。ものを知らなくて恥をかいた。
この形は装本者の希望であり、その希望を築山さんが受け入れて、こういう形になったということらしい。
しかし時間が経つにつれて、これには「前フリ」が必要なんじゃないかと思うようになった。いまの文化状況や社会に対するひそやかな異議がこの「フランス装」にこめられているとしたら、メモやなにかで前もって知らせておかなければ、ただの面倒な本になってしまう可能性がある。大半とは言わないが、たぶん過半の人間はぼくとおなじような反応、製本ミスだと思うはずだ。「ひそやかな異議」が「ひそやかな異議」としてとどけばいいと思うが。
『彼女について』には物語に向けて歩いていっているという感じがある。ぼくの記憶ではよしもとばななの小説を読んでいてこういう感じをもったことはなかった。物語に向けて、目をまっすぐ前にして歩いているという感じ。
魔女の娘らしい由美子という若い女がでてくる。その娘が旅をしている。連れがいて、いとこの昇一だ。ふたりの旅。旅の仲間。
不思議な話ではある。寓話的な小説。生きていくための小説と思った。摩訶不思議な世界にひきずりこまれて、ずいぶん個人的な読み方もした。
すぐに感じたのは、よしもとばななは小説のなかで、あえて「開き」を少なくして、一行あきを少なくして、「休み」を抑えて、小説そのものに負荷をかけようとしているようにもみえることだ。何故だろう。過去のじぶんの作品の「反」の方向にひかれているということか。
正月に田舎にある母の墓参りに行ったとき買ったのが、よしもとばななの『彼女について』と、村上春樹の文庫本『海辺のカフカ』(上)だった。
『海辺のカフカ』を読むつもりだったが、冬から春にかけて体調をくずした。やすらげるものが欲しかった。それで『彼女について』を読もうと思った。よしもとばななの文章の癒す力に期待したかった。
よしもとばななの文章には不思議なあたたかさというか、保温性のようなものがあって、足を踏みこんでいっても、足がふわっと包まれるような感じがある。読む者をやすらげる力をもっている。サービス精神だけでこういう文章が書けるわけではないだろう。よしもとばななの資質からくるものが大きいはずだ。
近代浪漫派文庫(新学社)の『小林秀雄』を読んでいる。
「様々なる意匠」「思想と実生活」「西行」「実朝」等、19のまだ全部読んでいないから、はっきりとはいえないが、おもに批評から作ってあるとおもうが、難点は初出の時期を載せていないこと。だから小林秀雄が何歳で、どういう時代状況で書いたものなのか、読んでいて、ピンとは分からないことだ。本全部をひとつの作品として読めるものではないし、どういう編集の考えで、載せていないのか分からない。
読んでいて、「何でこんなにガイジンの名を引っ張りだしてくるんだ」とか「天才というコトバが好きだなあ」とか思ったりするが、とにかくいまは吸収することに努めている。飽きないし、読んでいて充分に惹かれている。
『赤ひげ診療譚』読み終わる。
山本周五郎という作家に強くひかれた。人間のシンプルな感情の輪郭をはっきりと描いているのがいい。
山本周五郎をなんで今まで読もうとしなかったのか、そのことは考えてしまった。なまなましいところがあって、きつく思うこともあるが、つづけて読んでみたい。
晴れ間のみえる空。
「ポトスライムの舟」を読む。本になったら買ってみようと思っていたが、新聞の『文藝春秋』の広告に大きく載っていたのを見て、ほかにも読めそうなものが載っていることもあって買ってみた。
津村記久子「ポトスライムの舟」。ひじょうにストレートな文章。それがだんだん速くなる。「私」のことを書いた小説。
テレビで芥川賞の報道をみているときの、津村記久子の印象はよかった。それが『文藝春秋』を買った動機のひとつだし、「派遣社員の物語」みたいな宣伝文句にそそられたということもある。
作者は会社で働くことがどういうことかよく知っている人なんだなと思う。会社で働く人間のほとんどが考えるようなことをこの人も考えている。
「語りの文学」ということになるんだろうか、関西弁のしゃべりが延々とつづく。
主人公はナガセという29才の女。契約社員としてある工場に勤めている。5年間無欠勤の女。休むのが怖い女。辞めてしまった前の会社で辛い思いをした女。
物語は展開しない、「ナガセ」のしゃべりが展開していく。「貧乏物語」というよりも「ナガセの物語」だな。何かが起こっているというのではなく、ただ、「ナガセの心」が転がっていく。「セリフ」は一行という場所を取らず、文章のなかに組み込まれることがけっこう多い。
題名につかわれている「ポトスライム」というのは観葉植物のことらしい。初めて聞いた。鉢植えで育てる植物のようで、ナガセは鉢植えだけでなく、コップや瓶の中でも育てている。
読んでいて、関東圏というか、東京圏と関西圏は生活の感覚がちがうんだなあと思ったが、そんなことあるんだろうか。
ナガセの気持ちは追いつめられていて、展望がない。「今日」だけの生活。金にこだわるが、何でこんなに金にこだわるのかナガセ自身も分かっていないところがある。カネの数字がでてくるが、この数字がでてくるとき、ナガセの心のどこかがパッと照らされている。何が照らされているんだろう。
社会に組み込まれたい。完璧に社会に組み込まれたいとナガセは思っている。その思いにいっぱいになっている。しかし無理がある。その無理が体にきて、とまらない咳になったり、体にタトゥーを入れようと思ったり、世界一周の旅行に行くための金を貯めようと考えたりする。
答えがでてくるような、ナガセの歩く道の遠くまで最後はみえるというような小説ではないのだが、完璧に社会に組み込まれたいと思っていたナガセの心は少し、その呪縛が解けたようでもある。読後感というか余韻のようなものはある。
小林秀雄の『ドストエフスキイの生活』(新潮文庫)を読み終わる。
小林秀雄ほど今のぼくに示唆をあたえてくれる批評者はいない。何故なら小林秀雄の書く文章はあくまでも小林秀雄という「私」の書いた文章だからだ。したがって読んでいると必ずぼくの「私」が浮かびあがってくるのだ。
この文庫本の余白に多くの書き込みをした。ぼくの抱えている問題、苦悩、怒り、憎しみについての考える道筋のヒントをあたえてくれた。晩年の大作という『本居宣長』も「思想家」の書いたものではなく、「理論家」の書いたものでもない、批評者の書いたものであることを願わずにはいられない。そうであるならそこでも多くの示唆を受けとることができると思う。
『永遠さん』には38編の詩がある。38編の詩を読むのはきつい。何故、詩を読むのかといえば、詩のなかにある言葉の力にひかれているのだと思う。
詩の行がつぎの詩の行を産む、飛躍の力が好きだ。休みの日の昼に、テレビも点けず、エアコンの運転音が響くなか、黙々と詩を読んでいるのはそれだ。この「飛躍」を体験するために読んでいるのだ。さて、それにしても疲れる。詩ほど、書くにも、読むにもエネルギーを使うものはない。なんにもならない。なんにもならないが、まだ書いて、まだ読んでいる。
わたしは普通に生きたいなって真剣に思うようになっ
た
普通って何?
って聞かれると普通の人なんていないと否定されてし
まう悲しさをもっているけれど
普通っていいよね
努力しなければなかなか普通の人生って送れない
地道に今日も働いてご飯作って洗濯して台所の床を
拭いて
そうやって生きていたら詩人ではなく普通の人になれ
るかな
福島敦子「普通の人に」より
福島さんはゆらいでいる。『永遠さん』のなかの詩編「川べりの温泉」は福島さんらしからぬスタイルと雰囲気の詩で、なんで福島敦子はこんな試みをしているんだろうと思う。こういうことはしなくていいんじゃないか。こんなにゆらぐ必要はないと思う。はっきりと天分をもった詩人だ。
「フレ、フレ」は生きている詩だといいたい。いまの福島さんの嘘ではないところから言葉が書かれている。言葉が福島さんとちゃんとつながっている。だから緊迫感がでている。
終わった所から、終わっていないような気持ちの詩を書くと緊迫感がなくなってしまう。「永遠狂い」がそうだ。終わってしまったなら、終わってしまったところから書くのがいいのだと思う。
そして観念的な生活からはなれた者が持つキツイ視線が生きている詩もある。「詩の信者」がそうで、一度読んで笑い、二回目読んで泣き、三回目また笑った詩だ。(そう言ってみたい詩だ)
「普通の人に」は福島さんと言葉のつながりが特にいい詩で、感動しつつ読んだ。しかし福島さんがほとんど慣用的につかう詩行が(慣用的になってしまう心で書いた詩行が)最後ちかく一行入っている。何故だ!と思ったが、福島敦子の生の軌跡がよく書かれている詩で、ぼくは強い印象を受ける。
福島さんはホームページのなかの日記で、観念的な生活から離れた者がもつ視線で、詩を書いているものへの皮肉やチャカシを書いていた。そういう書き込みを長く読んだ。しかし突然詩集を出した。これはよくわからない。わからないが福島さんはあたらしい場所にきたのかもしれない。それはまだこの『永遠さん』には書かれていないものだ。
福島敦子詩集『永遠さん』(草原詩社)を読む。
福島さんは個性豊かすぎるというか、乱暴なところも、きついところも、すこし策略的なところもあって、お近づきになりたいという人ではない。しかし『永遠さん』の数編を読んで、この人の詩はぼくに合うと思った。
リズムも透明感もある。ぼくのようにまったく無防備に書きはじめるのではなく、考えて書いているようでもある。
「声のない悲鳴は祈りに似て」はいい詩だ。「南の夏の空の青」もいい。福島さんは声の力というものをもっている詩人だ。が、作りすぎている詩がある。何故だろう。
福島さんは、ある観念的な、あまり一般的ではない生活をした体験をもった人だ。そのことをふりかえるときの眼差しが、福島敦子の詩に独特の力をあたえている。その強い悲しみが、ときどき襲ってくる生の場所を、通り過ぎたところからの詩、詩集と受け取ってよさそうだ。
つねに引っ越しを意識していた時期があって、多くの本、雑誌を捨ててしまった。この『センチメンタルジャーニー』には「いいエッセイだ」という思いが残っていて、捨てずにいたが、最初の読後感とは遠いところにいると思う。
本棚が一杯で、ダイニングキッチン、玄関に本や雑誌を平積みにしている。そのこともあって、本棚にある本をかえたいと思っている。ぼくのなかの「本棚に置いておく本」の考え方を変えたい。
こんどは藤沢周平の文庫本をざっと並べたい。今ぼくに必要なものを置く場所にしようと思っている。
北村太郎は「現実」が苦手なタイプだったのではないかと思う。学校に繰り返し入っていることから、そういう感じを受ける。
東京大学に入る前は、東京外国語学校にいた。商業学校を出た後、就職したがすぐ辞めて、結局東京外国語学校に入っている。
性的に早熟な人だったようで、女のひとに強い親近感をもっていた人だと思う。北村太郎の現実忌避の資質にとってそれは、「現実」と融和することのほうへ、生命力のほうへ引っ張ってくれる貴重な「力」になっていたはずだ。
詩の仲間がもどってくる。鮎川信夫、田村隆一、中桐雅夫らが集まってくる。森川義信は戦死してしまった。
この語りのところ、終戦後の社会の様子を語っているところはとても面白い。北村太郎も生き生きとしている。語るのが面白い時代なんだな。
「荒地」が誕生する。1947年(昭和22年)に創刊。黒田三郎、中桐雅夫らについて語っている。三好豊一郎、加島祥造、衣更着信(きさらぎ・しん)、野田理一、吉本隆明についてもしゃべっている。
そして『荒地の恋』の下地になる恋愛事件のことを語りだす。だいたい小説とおなじのようだ。北村太郎はこう言っている。
「けれど、一度こっちの岸から跳躍して向こうに行く。五十何年おとなしく生きてきた男だけれども、そういうことがあっても構わないんじゃないかという気持ちがあったんです。思ったらそうやるよりしょうがない。」
『荒地の恋』にでてくる「阿子」に類するような女性の話はでてこない。いたとしても言えることではないということかもしれない。ここまででいいような気がする。いたとしても、いなかったとしても。わからないというのもいい。
北村太郎が語る。
第二部で、最初に目がとまるのは、北村太郎が「水も洩らさぬ体制が昭和十七、八年くらいにはできていたわけです。」と語る戦争時の日本の社会の窮屈さをしゃべっているところだ。怒気に満ちている。歩いていて急にごつごつした道に出たような感じだ。
1944年(昭和19年)、北村太郎は海軍予備生徒教育隊に入る。そこを出て通信学校で暗号解読の勉強をする。そして通信隊に配属される。北村太郎は戦争に行った時のことと、戦争をしている時の日本の社会のことを思いっ切りしゃべっている。ぼくなんかには太平洋戦争というものの貴重な記録になる。
1945年(昭和20年)、戦争が終わる。北村太郎は「敗戦」という言い方にこだわる人もいるけれど、そのことは分かるけれども、自分は「終戦」に近いような受けとめ方だったと言っている。このときぼくは「敗戦」という言い方にこだわる吉本隆明を思いだしているのだが、北村太郎のような「戦争が終わった」という感じ方もなるほどなと思う。
戦後の混乱時、北村太郎は東京大学に入学する。大学に籍を置きながら、古道具屋、通信社のニュースの翻訳、保険の外交員といった仕事をしている。19歳で結婚した北村太郎は、戦争が終わった時には、もう妻と子どもがいたのだ。
『センチメンタルジャーニー』、1939年(昭和14年)頃の北村太郎までくる。16歳から17歳。日中戦争はすでに始まっており、戦争の影が濃くなってきている。影の濃淡はあるが、そのことから誰も自由ではいられない。自由ではいられないが、少年の北村太郎は軽々と生きてもいる。
北村太郎の家は浅草でそば屋を営んでおり、その繁盛ぶりが書かれている。ちかくに浅草花月劇場なんかがあって、芸人の益田喜頓(ますだ・きいとん)、坊屋三郎、山茶花究(さざんか・きゅう)らがよく食べにきたらしい。
詩の仲間の中桐雅夫、鮎川信夫、田村隆一らのことも、気がねなく、自由に書いている。
印象的なのは、すこし年長だった中桐雅夫と鮎川信夫に徴兵の問題がふりかかってきていることだ。中桐雅夫、鮎川信夫にとってはリアルというほかない問題だったろう。
ぼくの好きな森川義信の詩「勾配」が紹介されている。いま読んでも胸がくるしくなるような、迫ってくる緊張感がある。全18行の詩だ。徴兵ということの、壁が向こうからじりっじりっと近づいてくるような圧迫感から書かれた詩なんだろうか。
そしてこの詩の凄さを、周囲にいたものたちが、田村隆一も鮎川信夫も北村太郎もすぐに分かっている。詩が生きている。
この森川義信に関する記述のところで北村太郎の文章は終わる。1992年10月26日、北村太郎は死んでしまったからだ。『センチメンタルジャーニー』は中断してしまった。ここまでを第一部として、あとは北村太郎が生前にテープで残したものを、第二部として収めているようだ。(第一部も、もともとはテープにとったものを基にして北村太郎が文章に書き直したもので、第二部はそれができなくなったということらしい)。いちど読んだはずだが、見事に覚えていない。
ねじめ正一の『荒地の恋』(文芸春秋)を読み終わったあと、読んでみようという気になったのが、一度読んだあと、本棚に眠っていた北村太郎の『センチメンタルジャーニー』(草思社)。
もう一冊北村太郎のエッセイ本をもっていたが、それは捨ててしまった。
『センチメンタルジャーニー』。1993年9月の発行。すこし読んでみる。文章は淡々としてとても読みやすい。
北村太郎の詩集は買って持っていた。しかし捨てたのかもしれない。本棚に見当たらない。「荒地」の詩人の、ほとんどの詩人の詩集をもっていたと思うが、捨てたり失くしたりしたようだ。今すぐ本棚にみつけられるのは、吉本隆明、鮎川信夫の詩集だけだ。
『センチメンタルジャーニー』のほうが『荒地の恋』よりも北村太郎という人間についてよくわかる。しかし『荒地の恋』を読まなければ、この本を読む気にならなかっただろう。
4分の1ほど読みすすめたところで思う。この自伝、かなり細かい。北村太郎のファン以外はどう読んだだろう。
早川義夫のライブに一緒にいった古い友人がくれたのがねじめ正一の『荒地の恋』。
「女の方はどうだい」
「なんにもないよ。」
「自制するな。これを読め」
といって渡してくれたのが『荒地の恋』。これを読めばその気になるんだろうか。何はともあれ古い友人はありがたい。これから読みます。時間がかかるけど。
新潮文庫の小林秀雄の『ドストエフスキイの生活』の途中までを読んで、この評論が戦後書かれたものではないことが分かってびっくり。江藤淳の書いている解説では昭和14年に単行本が創元社から出版されている。文庫本の発行が昭和39年だったので、それよりせいぜい4,5年前くらいだろうと思い、またそういう文章だと思ったんだが、早とちりだった。
小林秀雄の『ドストエフスキイの生活』を読んでいる。面白い。しかし小林秀雄を読みつづけて初めて「ゆるみ」を感じた本でもある。
戦前、戦中、戦後と来て小林秀雄のなかで戦争というものが終わったのか、または年齢のせいなのか、分からないのだが。
しかし面白い評論、伝記であることは確かで、夢中になって読める。エンターテイメントとしても読めるのだ。
『哀しい予感』、『アルゼンチンババア』、『体は全部知っている』とよしもとばななの小説を読んできた。いちばん新しい小説『サウスポイント』で、散文修行よしもとばなな篇を区切りとしたい。
まず書店のカバーを取り、帯を外す、サンダルばきの足を撮っている装丁。ざらざらとした紙。縦にサウスポイントの文字。
夜逃げをする母と子の場面から物語は始まる。星の出ている夜、母と子は群馬へと逃げる。亭主の借金のため夜逃げをするのだ。「テトラ」という変わった名の女の子。「テトラ」という変わった名の女というべきか。この「テトラ」が主人公のようだ。「母」や「父」とは呼ばない。「ママ」、「パパ」という書き方をしている。
あっさりと簡単に、しかし物語の背景になるあらすじを的確に説明するよしもとばななの手ぎわ。彼女の小説のなかには必要な部分であり、読者にとってはよくなじんでいる部分でもある。
のんびりした、おっとりしたところのある文章は変わらない。前、柳田国男の『日本の昔話』という文庫本を読んでいるとき、よしもとばななと何んか似ているなあと思ったけれど、民話的な文章と呼べるのかもしれない。
長編だ。『体は全部知っている』は長かったが、短編を集めたものだった。ぼくは初めてよしもとばななの長い小説を読むことになる。
テトラは珠彦(たまひこ)くんと出会う。テトラは12歳になった。珠彦くんは通っている小学校の同級生だった。テトラはじぶんだけの道を歩くような日々から、じぶんと通いあうものを持つ珠彦くんをみつけたのだ。卓球好きで、地味で色の白い男の子だ。
中学生になったテトラと珠彦くんの恋。初めての性体験と別れがひとつに重なる場面は緊張感があって、うつくしい。やはりこういうよしもとばななに惹かれる。
よしもとばななは「濃い」ものに惹かれる人じゃないかと思う。40代のしっかりした、決して無防備な人ではないだろうが、「濃い」ものに惹かれて、そこに「本当のこと」があると思っているんじゃないか。
この小説では章をつくって、物語に区切りをいれていない。一行開けたままの区切りしかつくっていない。物語のなかの空気のながれが、今までぼくが読んできたよしもとばななの小説とかなりちがっている。粘っこくなっている。いつからなのか、この小説からなのか、ずっとよしもとばななの小説を読んできたわけではないので分からない。分からないが、当然、よく考えて決めていることだろう。
10数年が経つ。珠彦くんの弟、幸彦が登場する。そしてハワイという場所が登場する。よしもとばななはハワイという島を特別な場所として書く。
幸彦がじつは死んでいて、珠彦くんが幸彦に成り替わっていたとハワイの果てサウスポイントで知るテトラ。物語の中心が珠彦くんの弟、幸彦の死になり、幸彦の死のまわりを人たちがグルグルとまわる。テトラ、珠彦くん、珠彦くんのお母さん、珠彦くんのお父さん、テトラのママ、死んだ幸彦の恋人、幸彦と恋人の思い出のベンチ、南の風、南の光が舞台をぐるぐると回る。
幸彦の恋人マリコとテトラが初めて出会い、会話する場面は魅力的だ。時間がざわつくようだ。
ハワイで生きようとする珠彦くん。そこには珠彦くんのお母さんとお父さんがいて、彼の友達がいて、古い街がみえて、市場がある。光と風がある。新しい土地ハワイにテトラも入っていく、そこで居場所をみつけようとするのだ。
この小説で初めからよしもとばななが書いているのは「生きる」ということだと思う。「生きる」ということについてずっと書いている。このことからよしもとばななは離れない。
よしもとばななは吉本隆明の娘としてまずあった。ぼくにとってはそうだった。よしもとばななの小説を読みだしたことのなかには、吉本隆明のあまりにも大きな影響をときほぐしたいという無意識のモチーフがあったかもしれない。
会ったこともない他人なのに、父と母に次ぐような大きな影響を受けた人だった。この影響をときほぐしたいというのはぼくの長い間の生のテーマだった。
本のなかに、3分の2くらいの所にハワイの写真が載っている。林に囲まれた土の道。海、雲、色の付いている花、茂み、茂みの枝と犬。犬のつややかな黒い毛。
読みつづけて、受け取るものはやはりあたたかさ、肯定感だ。よしもとばななは多くの人に向けて書き(とぼくには思える)、多くの人にこの肯定感を伝えようとしている。直接的にではなく、直接的なものは物語の奥に潜ませて、物語を読むその触感で伝えようとしている。
よしもとばななの小説にはひんぱんに「死」がでてくる。しかしよしもとばななの書く死はこわくない。不安感や抵抗感を与えない。そういうふうに書いているのだ。これはよしもとばななの小説のもつ力だと思っている。
最後、広がる場所に向かってカメラがどんどん近づいていく、真っ青な空のなかのテトラと珠彦くん。二人だけだ。カメラは広がる場所、真っ青な空にどんどん近づいていく、が終わりにテトラの思いを映す。現実的なテトラの思いを映す。これはよしもとばななの変化なんだろうと思った。よしもとばなながそうなったからなのか、読者のためなのか分からないが、よしもとばななはここで選んでいるものがある。風景を小さくすることを選んでいる。いま「生きる」ということで彼女の考えていることなのだろうと思った。
散文修行としてよしもとばななの小説『哀しい予感』『アルゼンチンババア』『体は全部知っている』について書いてきて、いちばん新しい小説『サウスポイント』に取り組んでいるけれど、よしもとばななさんの公式サイトに新刊の小説(小説かどうかははっきり分からないんですが)が11月14日に出ると載っていたのをみて、ここらで『サウスポイント』について書いてきたものを掲載しようと思います。11月11日までには載せたいと思っています。ブログで読むには少し長めの文章になりますが、最後まで読んでいただければと思っています。
曇り。晴れてきた。
関川夏央の『昭和が明るかった頃』がすごい。知らなかった。文春文庫の2004年の刊行のもの。
まだ読みかけだが、日活映画『憎いあンちくしょう』を思想的に解いてみせた第5章「現状打破の意志」では読んでいて、田舎の村落共同体で育ち、東京へ出てきた自分の「戦後民主主義的観念」が浮かびあがってきて、自分で「へえ~そうだったんだ」と驚いた。知らなかった。しかし納得した。
関川夏央は原作を書いた谷口ジローの漫画『坊ちゃんの時代』で知って、それがいちばん印象の深い仕事だったけれど、もうひとつこの『昭和が明るかった頃』があった。この本は喫茶店でリラックスするために買ったんだが、大ヒットだった。乱読、雑読はするもんだ。
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