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2020年2月 7日 (金)

むかしの葬式

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 家の物の整理をしていたらとじられた古い紙の束がでてきた。変色してしまってるとても古い紙の束だ。

 捨てようとしてふと紙の束をめくっていたら、これは葬式の役割分担を記した書類というか、そういうものだとわかった。

 

 おもてに「昭和十四年八月十二日殁 葬式役配 行年七十三 俗名 藤井サヨ」と達者に筆で書かれてある。

 藤井サヨという人はこの家の者ではない。祖母でも叔母でもない。親戚の人か、当時の隣組の人だろう。祖父がその隣組の責任者だったか、手書きの手作りになるが、隣組の全戸にこの書類を、この紙の束を配ったのか、そういうところだろう。

 紙をめくっていくと「名旗」「四幡」「生花」「提灯」「龍頭」「花桶」「花籠」といったコトバが書かれている。これは葬式の役割りのことだ。その下にそれを担当する人の名が書かれている。当時は今のように、家の誰かが死ぬと葬儀会社に丸投げするのではなく、自分たちでやっていたのだ。そしてそれは亡くなった人の家の者たちだけでは到底出来ないことなので、親戚の者、隣組の者たちが協力してやっていたのだ。

 親戚にはこの地域の者ではない人たちも当然いて、やって来るその人たちの名のところには住む場所が記されている。

 「神島内村」とか「鴨方町」とか「都窪郡水江」とかある。「讃岐」もある。

 

 とにかく大変な作業だったろうと思う。

 食事の準備が大変だったろう。やって来る者は多かっただろう。

 通夜もあるし葬式もある。葬式が終わってからのこともある。

 当時この地域は全戸が天台宗の檀家だったはずだから、お坊さんも呼んだだろう。

 書類の最後のほうの役割には「禮場」「留守居」といったものもあるから「焼き」に行った時のことか。留守番も決めていたんだ。

 

 まあそんなことを考えた。この古い紙の束をめくっていて。

 

 

 

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