« 2016年10月 | トップページ | 2016年12月 »

2016年11月

2016年11月30日 (水)

くにたちの空

Cimg7924

2016年11月29日 (火)

「モンパルナスの灯」を観に行く

Cimg7920

 1980年代か1990年代にたしかNHKのテレビでだとおもうがこの『モンパルナスの灯』を観て、印象に残った。ずっと覚えていた。

 それでこんど映画館に観に行ったわけだけれど、こんどは前ほどの印象は残らない。

 ジェラール・フィリップ演じるモディリアーニに感情移入できないのだ。不満がでてくる。

 この不満は最後の方の、モディリアーニの貧しさをみかねた気のいい友人が、絵の売り先を探してきてくれて、モディリアーニ、妻のジャンヌ、その友人とでモディリアーニの絵を買いそうな大金持ちの所に絵を売りに行き、話がまとまりかけるのだが、そのアメリカの大金持ちが絵をたんに買うというのではなく、自分の会社の商品の宣伝用に、ビンのラベルなどに使うために、その元絵として絵を買おうとしているのだと知ったモディリアーニはこの話を断ってしまう。

 極貧のモディリアーニと妻のジャンヌは絵をなんとしても売りたかったが、モディリアーニはこの話を断ってしまう。

 モディリアーニはジャンヌに絵を売ることを断ってしまったことを謝りながら、外に出て行く。

 カフェにデッサン画を売りに行く。

 ここでじつに粘り強く売ろうとするのだ。酒とタバコの煙の中のカフェ、来ている客はモディリアーニのことなど目にとめない。モディリアーニのデッサンをみようともしない。しかしモディリアーニはデッサン画を売ろうとしつづける。

 ここのモディリアーニを見るまではあんまり感情移入はできなかった。

 共感できなかった。

 アル中のプレイボーイのダメ男の画家としかみえない。

 しかしよくよく考えてみればモディリアーニのこの選択は当時の画家にとってはとくに極端とはいえない選択じゃないか。常識的といってもいい選択じゃなかったかとおもう。

 ピカソだってシャガールだってマティスだってこういう形では売らなかっただろう。

 実話としてみればそうだ。

 絵の好きな金持ちが絵が好きです。絵を買いますって話じゃなくて、自分の会社の商品の宣伝用として、その元絵として絵を買おうというのだから。

 そういう話なんだ。

 だからこの映画で芸術至上主義的な「悲劇」としてモディリアーニの選択を扱うことはなかったんじゃないか。

 モディリアーニはクールでタフな選択をしたともいえる。

 売りたかったがよくよく考えてよくよく感じてその選択をしたともいえる。

 そういう選択をせざるえなかったモディリアーニが現実や社会の硬さ、苦さに立ち止まってしまう、立ちつくしてしまうというふうに映画を作ってもよかったんじゃないか。

 難しい映画になるが。

 しかしこれはいま現在の人間の見方で、1950年代の映画としてはあれでよかったんだろう。

 あれは1950年代の映画なのだ。

 ジャック・ベッケル監督のこの映画は1958年にフランスで作られている。

 この映画を作ろうと集まった人たちが、その頭のなかにモディリアーニの生と死を芸術と現実の対立として、和解できない対立としてはじめからそれを前提に映画を作ったのなら、『モンパルナスの灯』は60年前の映画だということで終わってしまう。

 その対立は正しく今もあるといえるけれども、もう少しねじれてしまい、もう少し複雑になってしまい、もう少し訳わかんなくなっている。

 でも俳優の魅力だけは時を超える。

 演劇出身ということを感じさせるジェラール・フィリップよりも、モディリアーニの妻ジャンヌを演じたアヌーク・エーメが印象に残る。

 すごくいい。

 アヌーク・エーメは『男と女』のときも素敵で、深夜テレビで観たたぶんデビューしたての頃だと思うがロミオとジュリエットを下敷きにしたような映画のアヌーク・エーメもよかった。十代の頃のアヌーク・エーメだったとおもう。

 

 

 

2016年11月28日 (月)

紅い葉

Cimg7916

2016年11月27日 (日)

部屋

Cimg7912

2016年11月26日 (土)

「溺れるナイフ」を観に行く

Cimg7902

 五分五分だな。つまらない映画だったら、がっくりするなと思って観に行ったが、映画が始まってしばらくして、これは上質の青春映画ってところだなと思い、そして観つづけていて、それ以上の映画だと思った。

 <絵>としての映画でいうと、いいなあと思う<絵>がかなりあった。とくに「海」が美しかった。

 そしてストーリーがけっこうよい。終わり方もいい。ラストは渦を巻かれるような感じで引っ張り込まれ、ぼくはジーンときた。

 と、もっといろいろこの映画のことを書きたいと思うが、ちょうどうるさい人がちかくに座ってしまい、<映画を体験する>というまでは『溺れるナイフ』に集中して観ることができなかった。だから感想としてはここまでとなる。

 もう映画館のマナーというのは無茶苦茶になっていて、うるさい人が近くに座ったらそれまでだとあきらめてはいるが、気分は悪い。

2016年11月25日 (金)

柿の世界

Cimg7894
 
 おっ柿だとおもって撮ったが、写真みてるとほんとに柿なのか不安になって、拡大して見てみたが、柿だった。

2016年11月24日 (木)

レオン・ラッセルの「レディ・ブルー」

Cimg7892
 
 レオン・ラッセルが亡くなる前から気に入ってときどき聴いていた「レディ・ブルー」という歌。
 レオン・ラッセルらしいドラマチックでロマンチックな歌い方。
 写真みて太ったな、年とったなと思ったけれど。

2016年11月23日 (水)

木の上にいるカラス

Cimg7869

2016年11月22日 (火)

くにたちの空

Cimg7865

2016年11月21日 (月)

木の世界

Cimg7844

2016年11月20日 (日)

昼の街

Cimg7824

2016年11月19日 (土)

昼の木

Cimg7815

2016年11月18日 (金)

11月の愚痴

Cimg7804

 かなり厳しい時代に入ってきた。

 日本、フィリピン、アメリカとつづく政治状況を考えると、高度資本主義というか、高度消費社会というか、いわゆる消費を中心にした社会には、こういう場所へと誘引するものがあるのだろうかと思ってしまう。

 フィリピンの場合は消費を中心にした経済社会に入っているのかどうかわからないし、おそらくフィリピンのもつ<アジア性>というものがあの政治状況をつくりだしている大きな要因だと推測している。

 日本とアメリカの場合はそうかもしれない。

 高度消費社会というのはもっといろんな可能性をもった経済社会だと思ってきたけれど、ブラックホールに誘引するものがあるのだろうか。

 インターネットの発明、発達もほんとうに社会にとってプラスになっているのかどうか分からないところがある。

 とまあいろいろ考えてしまうけれど、いまの社会が「ぜいたくは敵だ」というような極度に倫理化した思想が社会に広がる時代、世界よりはずっとマシなんだということは分かっている。

 不充分だけれど、建前だけのところもあるが、だいたいのところ言いたいことは言えてるわけで、そのへんのことは大切なことだと思っている。

 政治や社会の制度のことはハイになっているとき、感情的になっているときの状態だけで判断してしまうのはやっぱりまずいだろう。

 アメリカ大統領選挙の速報をテレビで見ていたけれど、速報されている選挙の両候補の数値をみるたびに呼吸が浅くなっていくようで、心臓が悪くなるようだった。

 日本への影響を考えるとなんともヤバイことになってくるなと、ほんとうに心配になってきてしまった。

 トランプが勝つようだとだいたい推測できたところで、ここで嘆いていても仕方ないだろうとおもいウォーキングに出かけた。

 一時間ほど歩いているうちに気持ちも落ち着いてきて、気分転換ができた。

 悩むにも体力がいる。

 体力がないとちゃんと悩めない。

 ここだけはぼくは進歩しているといえる。前はこういう切り替えはできなかった。

 思考には<つなぎ>がいる。

 強弱がいる。

 深と浅がいる。

 そうしないと思考が流れないのだ。

 だから悩むには体力がいる。

 これからというか、これから続いていくだろう今のような政治状況に対応していくには、ちゃんと気分転換をその都度やって、気を取り直し、<体力>をもって状況に臨むということが大切なことになってくると思う。

 

 

2016年11月17日 (木)

マティスの絵

Cimg7799

2016年11月16日 (水)

森田愛子「深呼吸のレッスン」

Cimg7517

 野口晴哉、片山洋次郎、ドナ・ファーリとからだの本を読んできて、森田愛子の『深呼吸のレッスン』に出会った。

 衝劇的だったのは、背をのばした状態のときよりも、猫背的なときのほうが(こういった書き方はしていないが)、息は、吸う息はよく入ると書かれてあったことだ。

 ぼくは猫背なので、整体をやりだしてからは、つねに背を伸ばそうとする、姿勢をただそうとすることがクセのようになっていた。

 それで森田愛子の言うことを実際にやってみて、どうやら本当にそのほうが、猫背的なほうが、背が丸みをもっているほうが息がよく入るらしいと確認したとき、背をのばそうとする、姿勢を矯正しようとするクセがそのときから消えていった。

 こういったことはドナ・ファーリの『自然呼吸法の本』のなかにおそらくはあったのだ。ていねいに読んでいれば、こういう答えを導き出せる記述はあっただろう。片山洋次郎もきっと書いているだろうし、野口晴哉も細かく読んでいけばあるかもしれない。

 しかし一を聞いて十を知るなんてことはじっさいには起こらないことであって、やっぱりストレートにスパッと直接的に言ってもらわないとなかなか分からないものなのだ。

 森田愛子の『深呼吸のレッスン』を読んだあと、やっぱり森田愛子の書いている『深呼吸のまほう』も読んでみた。

 途中で「広告のページ」みたいなものがあって、どう考えていいのか困惑したが、それでもやっぱり森田愛子という整体師にはこの人だけが気づいているものがあると思う。

 

 

2016年11月15日 (火)

立川駅の犬

Cimg7796
 
 愛玩犬ふうだったが、デカイ犬だった。

2016年11月14日 (月)

キャベツ畑

Cimg7781
 
 キャベツ畑・・・だと思う。

2016年11月13日 (日)

白い花

Cimg7780

2016年11月12日 (土)

赤い実

Cimg7769

2016年11月11日 (金)

「メトロポリス」を観に行く

Cimg7887
 
 串田和美の演出で松たか子、森山未来、大森博史らが出る『メトロポリス』を観に行った。
 これは原作というか、もとになっているのは有名なドイツの映画『メトロポリス』。
 なんかロボットみたいな女がというより金属製のぴかぴかの女のロボットの映像が目に浮かぶ。
 そういうポスターがあった。
 ドイツの戦前の無声映画で、フリッツ・ラング監督のものだ。
 それをいま舞台のほうに移しかえる、作り直すという試みで、2016年、秋深い渋谷の街のシアターコクーンで観た『メトロポリス』は暗く不気味な舞台だった。
 ぼくがここ何年か観てきた舞台では異色のものだ。
 唐十郎の唐組の芝居が地下の情景を描いたものなら、『メトロポリス』は地下の叙景を描いたものといえる。
 唐組の芝居が地下での人情悲喜劇というおもむきをふくんでいるのに対して、『メトロポリス』にはそういうものはない。
 現実ともっと拮抗したものを感じる。
 唐組の芝居や松本幸四郎の『ラ・マンチャの男』が最後は<救済>を観せているのにたいして『メトロポリス』は<救済>を観せていない。そのままポーンと投げ出されているような感じだ。
 暗さと不気味さと緊張感がのこる。
 しかしぼくはこの緊張感に親近感をもった。
 現実がそうだからね。
 いまの日本社会の、アメリカの、世界の、寓話ととれるし、いろんなものを感じとれて、そのなかにはドナルド・トランプ現象への諷刺を感じ取ることもできる。
 警告と批判がある。
 乾いた叙景がある。
 それと舞台で繰り広げられる「歩行ダンス」が面白かった。
 無秩序でしかしバランスがとられている動き。ばらばらだけどつながっている動きがあって、面白いと思った。
 『セツアンの善人』からの串田和美と松たか子の組み合わせに注目してきたぼくからすると、ここにいまの串田和美をみる。
 でも『セツアンの善人』からずいぶん遠くにきている。
 カーテンコールの松たか子をみていると、骨太のお姉さんって感じがして、座長って立場のようで、けっこうおっかないんだろうなとか思ったりして、映画『四月物語』や舞台『セツアンの善人』の印象が強いぼくとしては、ちょっとなんともいえない気持ちになったりするけれど、串田和美と松たか子の組み合わせの舞台なら、また観に来てもいいと思う。
 
 

2016年11月10日 (木)

まいったね、こんどのアメリカ大統領選

Cimg7777
 
 衝撃だね。
 まいった。
 いったい世界は、日本はどうなってしまうのか。
 アメリカも軽い人が多いね。
 どうみたってドナルド・トランプ自身はまがいものというか、ニセモノじゃないか。
 テレビカメラを通じて見るものに刺激をあたえることに長けた大統領希望者ということだろう。
 ドナルド・トランプを支持した人たちのなかには、そうせざる得なかった人たちがいるのはわかる。
 仕事がみつからない人、政治や社会から追い立てられていると感じている人、政治・社会体制からハズされている人。
 「差別禁止」「差別禁止」「差別禁止」の果てにおそろしく窮屈な社会がやってこようとしていることを感じている人。
 そういう人たちがトランプに投票したのは分かる。
 しかしそうじゃない人たちがいっぱいトランプに投票したんだろうし、危機を感じてクリントンに投票にいった人たちがとても少なかったんだろう。
 「軽い社会」のなれの果てって感じだ。
 ドナルド・トランプがぼくの思いを裏切るほどちゃんとした人であることを祈るけど、そんなことってあるんだろうか・・・。
 まあ議会もあるわけだし・・・。
 どうなることやら。
 等身大の、実像のアメリカがしっかりみえてしまったという感じだな。
 

2016年11月 9日 (水)

くにたち天下市

Cimg7848
 
Cimg7849
 
Cimg7851
 
Cimg7854
 
 毎年この時期やっている地元の催し物。
 商工会の青年部が主催して、地元にある大学や消防庁なんかが協力してやっているお祭り。
 例年にくらべて催しの数は少ない。華やかさはない。
 しかし人出は多い。
 人たちはイベントを求めているという感じ。集まれるイベントを求めているという感じだった。

2016年11月 8日 (火)

ほんとうに傑作だった「七人の侍」

Cimg7787
 
 ことし観た映画のなかのいちばんの映画ということになるだろう。
 期待に応えてくれた映画。
 一度はしっかり観ていると思っていたが、あれはテレビのカット版だったのだ。
 初めて観るような感じだった。
 テレビだと2時間の枠組みだったろうから、CMを引くと1時間45分くらいのものを観たのだと思う。
 じっさいは三時間を越える映画なのだ。初めて観たように思うはずだ。
 とくに七人の侍が集まるまでの展開にあれほどの時間と手間をかけているとは思わなかった。
 中心人物の勘兵衛を演じる志村喬も『生きる』のときよりずっといい。三船敏郎もいい。
 三時間を越える映画なのに、退屈も飽きも、疲れも感じない。
 観てよかったと思う映画だ。

2016年11月 7日 (月)

ひさしぶり!

Cimg7755
 
Cimg7756
 
Cimg7757
 
Cimg7758
 
 もう一年ぶりじゃないかというほどひさしぶりにあの猫をみた。
 まえ朝の散歩をしているときにときどきというかたまにみかけていた猫だ。
 まったく見かけなくなったので、死んだのか、飼い主とともに引っ越ししたんだろうとおもっていた。
 しゃがれた声をだしていた。
 

2016年11月 6日 (日)

黄色い花

Cimg7754

2016年11月 5日 (土)

早野龍五+糸井重里「知ろうとすること。」 本棚にある本

Cimg7692
 
 あるところに働いていたころ、ぼくのいる場所というか机と椅子の置いてある場所は地下にあって、その室は地下のドライエリアとつながっていた。ドライエリアに出るトビラを開けるとすぐに足もとにある雨水ますに気づく。
 雨水ますは編み目型のフタというか、大きな編み目のフタで、中の水がよくみえるようになっている。
 ときどきドライエリアに出て見上げると、細長く四角に区切られた高い空がみえるそんな場所だった。
 ドライエリアには雨がふったときの排水路というか水を集め流していく側溝があり、側溝の水は雨水ますへとつづく。側溝にはフタは置いてない。
 雨水ますの水はある水位以上にはならないようになっているが、常に水がたまっている状態だ。
 その雨水ますが扉を開けるとすぐ、ぼくの机から、ぼくの居るところからほんの1.5メートルってところか、ほんとにすぐそばにあったのだ。
 ぼくの働いていた所は一種の公共の仕事をしているところであり、建物も一種の公共の建物ということになる。あるとき市役所が放射能の残留の検査を、その建物でおこなっていることを知った。
 もちろん福島の原発事故以来のことだ。
 検査している場所はそのぼくのすぐそばにある側溝と雨水ますではないが、他の場所の側溝と雨水ますかあるいは集水ますだったとおもう。
 ぼくが検査がおこなわれていることを知ってからのことだが、測定値はつねに危険な数値よりはるかに低い値だったし、または不検出という結果だった。けれど、ぼくは側溝の水とか雨水ますの水には放射能がたまりやすいのだということを知った。
 大丈夫だ。問題ないだろうとは思ったが、えーおいおいという気持ちだった。
 つねにその地下の部屋にいるわけではないのだが、かなりの時間そこにいたし、密閉されたせまい部屋だったので、換気のためにドライエリアに通じるトビラを開けておく必要があったのだ。
 そしてまったくすぐそばにその雨水ますと側溝があったのだ。
 なんとなく不安な気持ちを感じているときに、そういう不安を抱えているときに、この『知ろうとすること。』という本のことを知って、読んだのだ。
 この本を読んでいくうちに、ぼくの底のほうにあった、無意識的なところにたまっていた不安感がきえていったのだ。
 消えていくのが分かった。
 そのときからこの本は、ぼくの本棚にある。
 内容は、と考えるとほとんどおぼえていない。
 糸井重里が、放射能にくわしい大学の先生である早野龍五に、読者が聞きたいようなことを、とうぜん放射能の素人である大半の読者が聞きたいようなことを、早野龍五にたずねていて、それに早野龍五がわかりやすく答えているという本だったとおもう。
 とても飲みこみやすい本だったとおもう。
 内容はほとんど忘れているけれども、不安な気持ちがきえていったときの感じは覚えているのだ。
 
 

2016年11月 4日 (金)

夜の葉の世界

Cimg7751

2016年11月 3日 (木)

くにたちの空

Cimg7749

 

 

 

 

2016年11月 2日 (水)

「ジェイソン・ボーン」を観に行く

Cimg7763
 
 第一級の娯楽作品を観たいとおもって観に行ったが、それほどの出来ではなかった。
 テレビで観たこれまでの三部作の方が面白かった。
 ああそうなのかと思ったのは、「ジェイソン・ボーン」っていうのは、白土三平の「カムイ」なんだってこと。
 そのことがわかった。
 伊賀の忍びから抜けるのも、CIAから抜けるのも大変だ。
 

2016年11月 1日 (火)

街の風景

Cimg7725

« 2016年10月 | トップページ | 2016年12月 »