「喜劇 駅前茶釜」観想
いろんな選択肢があったが、これがいちばん体の力が抜けそうな感じがしたので、この映画を観に行った。
1963年の東京映画。
昭和38年だ。
スクリーンを観ながら東京映画という名が出てきたので、そういう映画会社があったのかと思った。あったんだな。東宝の映画だと思っていた。
森繁久彌、伴淳三郎、フランキー堺らが出る駅前シリーズのなかの一本。
おどろいたのは芸者役で出ていた池内淳子の美しいこと。びっくりした。
池内淳子はテレビのホームドラマの母親役というイメージがあるが、これはその前の時代の池内淳子。
『喜劇 駅前茶釜』にはボンドガールをやった若林映子や中村錦之助の奥さんだった淡路恵子、淡島千景という女優さんたちが出てくるが、池内淳子は群をぬいて美しい。
芸者役でキリッとして、しかも色気がある。
この映画の収穫だな。
それとこの映画の収穫といえば、「終わり方」。
カメラはひとつの位置に置いておいて、自転車を漕ぐフランキー堺とフランキー堺につかまりながら荷台に乗っている池内淳子が少しずつ遠ざかっていくのをじっと映す。
すべてうまくいっている。すべて順調だ。すべて調和がとれている。物事はおさまるところにおさまるのだという終わり方。
東映の時代劇の定番だった終わり方だが、あれから長い時間が経ってみれば、こういう終わり方に美しさを感じたりする。
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