« 2016年4月 | トップページ | 2016年6月 »

2016年5月

2016年5月31日 (火)

あじさい

Cimg7252
 
 大学通りで。

2016年5月30日 (月)

画集をみる

Cimg7240
 
 図書館で。

2016年5月29日 (日)

駅前の風景

Cimg7227
 
 散歩中。

2016年5月28日 (土)

「座頭市物語」

Cimg7200
 
 ご存じ勝新太郎の『座頭市物語』。映画ではなく、テレビ版のものをTVKというテレビ局でやっているのをみつけた。
 掘り出し物だ。
 映像にこだわってていねいに作ってある。
 こういう感じのテレビドラマは今はもうないな。
 社会がいつのまにかすっかり平面的な社会になってしまったのに気づく。
 分かってはいることだけど、あらためて思っちゃうな。

2016年5月27日 (金)

部屋のなかの風景

Cimg7192
 
 ボッティチェリ展のチラシ。けっきょく観に行かなかったけれど、このチラシは気に入って部屋に貼ってある。

2016年5月26日 (木)

勝手にしやがれ

Cimg7187
 
 トイレの入り口のよこに貼ってあるチラシ。

2016年5月25日 (水)

阿佐ヶ谷で

Cimg7181
 
 この街にずっと昔住んでいたが、駅のまわりをちょっと歩いたり、昔よく見ていただろう駅のホームからの風景をながめていても、あんまりなつかしさというか、なじみ感がでてこない。
 これはひとつにはというか大きな理由として、東京という都市が「変わりつづける風景」というものをもっているからだと思う。
 年がら年中どんな所でも行われている建築工事が、ちょっとずつ風景を変えつづけ、しばらくぶりに「そこ」へ行ったとしても、風景が微妙にずれてしまっているのだ。
 いまは映画館に行くときぐらいしか阿佐ヶ谷に行かないけれど、いつもなつかしいようであんまりなつかしくもないといった気持ちが通り過ぎる。

2016年5月24日 (火)

「喜劇 駅前茶釜」観想

Cimg7174
 
Cimg7175
 
 いろんな選択肢があったが、これがいちばん体の力が抜けそうな感じがしたので、この映画を観に行った。
 1963年の東京映画。
 昭和38年だ。
 スクリーンを観ながら東京映画という名が出てきたので、そういう映画会社があったのかと思った。あったんだな。東宝の映画だと思っていた。
 森繁久彌、伴淳三郎、フランキー堺らが出る駅前シリーズのなかの一本。
 おどろいたのは芸者役で出ていた池内淳子の美しいこと。びっくりした。
 池内淳子はテレビのホームドラマの母親役というイメージがあるが、これはその前の時代の池内淳子。
 『喜劇 駅前茶釜』にはボンドガールをやった若林映子や中村錦之助の奥さんだった淡路恵子、淡島千景という女優さんたちが出てくるが、池内淳子は群をぬいて美しい。
 芸者役でキリッとして、しかも色気がある。
 この映画の収穫だな。
 それとこの映画の収穫といえば、「終わり方」。
 カメラはひとつの位置に置いておいて、自転車を漕ぐフランキー堺とフランキー堺につかまりながら荷台に乗っている池内淳子が少しずつ遠ざかっていくのをじっと映す。
 すべてうまくいっている。すべて順調だ。すべて調和がとれている。物事はおさまるところにおさまるのだという終わり方。
 東映の時代劇の定番だった終わり方だが、あれから長い時間が経ってみれば、こういう終わり方に美しさを感じたりする。
 

2016年5月23日 (月)

ラピュタ阿佐ヶ谷で

Cimg7179
 
 かっこいいポスター。
 女はアンナ・カリーナじゃないか。

2016年5月22日 (日)

ラピュタ阿佐ヶ谷で

Cimg7177
 
 館内。

2016年5月21日 (土)

ラピュタ阿佐ヶ谷で

Cimg7172
 
 入り口付近。

2016年5月20日 (金)

一橋大学で

Cimg7163
 
 散歩中。

2016年5月19日 (木)

紅い花

Cimg7132
 
 散歩中。

2016年5月18日 (水)

葉の群れ

Cimg7113
 
 散歩中。

2016年5月17日 (火)

新宿で

Cimg7106
 
 唐組の芝居を観たあと。

2016年5月15日 (日)

唐組「改訂の巻 秘密の花園」観想

Cimg7086
 
 ものすごく客が入っていた。ぼくは唐組の初日の公演というのは、あんまり行ったことがないのでわからなかったけれど、新宿花園神社の初日の公演というのはいつもこうなんだろうか。
 おどろいた。
 唐組・第57回公演『改訂の巻 秘密の花園』
 作=唐十郎 演出=久保井研+唐十郎
 前いちどくらいは観てるんじゃないかと思うけれど、<改訂>が効いているのか、はじめて観るような感じだった。
 今回は芝居が始まる前の、どこかのアパートの一室らしい舞台のたたずまいというかわびしさが目にとまって、こういう感じのものもいいな、わびしい感じの舞台もいいなと薄ぼんやりとした明かりのなかの舞台をみながら思ったりしたのだ。
 最初に印象に残ったのは、『秘密の花園』の主要登場人物一葉(いちよ)になる藤井由紀の白い服のくっきりと清楚な感じ、いままでの藤井由紀の印象とちがっていた。
 この白い服の一葉のヒモのような夫の名前が大貫というのだ。オオヌキと読む。ぼくが昔むかし友人の家に居候(いそうろう)をしていたとき、多くの人の出入りがあって、そのなかに大貫徹というひとがいたのを思い出す。
 これはオオヌキトオルと読むのだが、ダイカンテツということばをひねったものだった。大貫徹の恋人が堀出美里(ホリデミサト)というひとで、これはビリー・ホリデイを逆さにしてひねったものだというのを、あとで知ることになる。
 大貫さん、堀出さんなんて呼びあっていたから、本名だと思っていた。そしてダイカンテツはビリー・ホリデイにふられてしまったのだ。
 まあどうでもいいことではあるが、ぼくはそのことを思い出しながら、『秘密の花園』を観ていたのだ。
 話の筋は明確には思いだせない。そういう芝居だったということもある。
 太い枝からまた枝が伸びるように、枝から葉がひろがっていくように物語は伸び、広がっていく。
 その枝から、葉から<場面>という花が咲く。
 それが記憶に残る。
 ところどころの場面の花が残っている。
 それでいいんだろう。
 唐組の舞台に常に立っていた稲荷卓央や岩戸秀年が出てこなかったこと。観たことのないような役者が最初舞台に出てきてしゃべったこと。
 最後のあいさつで舞台中央の久保井研の身体が水に濡れて震えていたこと。
 そんなことが残っている。
 便所のなかの首吊り。垂れた太い身体。<坂>というコトバ。バカ殿様の格好をした辻孝彦が妙に面白かったこと。
 そんなことが残っている。
 悲しい物語だったけれども、ひとつの花が立って咲いている。それはとてもくっきりとした姿で立っている。
 そんな印象か。
 

2016年5月14日 (土)

浅草七景

 ゴールデンウィーク中に毎年浅草に行く。JRの神田駅から銀座線に乗り換えて銀座線の浅草駅に降り、そこから雷門に行き、雷門から浅草寺に向かって仲見世通りを歩き、大勢の人たちの行列のなかにはいって浅草寺にお参りをし、浅草寺のまわりの大きな門、五重の塔、鳥居、露店などを見て歩き、それからコンビニで買った昼飯をパクついて、そのあと近くの会場の落語を聞きにいくというのが、毎年の恒例のようになった。

 仲見世通りの雑踏、浅草寺の賽銭箱の前に着くまでの人混みというのは例えば、新宿や渋谷の雑踏を歩いているときとはちがった雰囲気があって、にぎわいがあるというのか、余裕があるというのか、楽な感じがあって、ぼくはなごめるのだ。

 あの人混みのなかを歩くというのが、ぼくにとってのご馳走なんだろうと思う。

Cimg7007_2

Cimg7019_2

Cimg7024_2

Cimg7033_2

Cimg7035_2

Cimg7041_3

Cimg7065_2

 

 

2016年5月13日 (金)

エルザの「HALF&HALF」というアルバムをきく

Cimg6993
 
 なつかしくて買ったけれど、ちゃんと聴いてなかったエルザの『HALF&HALF』というアルバムを聴く。
 宮谷一彦が漫画のモデルに使ったことがあって、それで余計に印象にのこっているのだ。
 あの話がほんとうかどうか知らないけれど。
 『HALF&HALF』はエルザ自身が作詞をしている曲が何曲もある。解説宣伝文は三上寛が書いている。

2016年5月12日 (木)

オーウェルの紅茶

Cimg6987
 
 『オーウェル評論集4 ライオンと一角獣』のなかに紅茶について書いたオーウェルのエッセイ「一杯のおいしい紅茶」があって、読んでいて意外な感じもし、やっぱりなとも思ったのだ。
 このエッセイのなかでオーウェルは紅茶への強いこだわりをみせていて、紅茶の入れ方のあれこれを書いている。
 とうてい紅茶の入れ方などにこだわっているというふうにはみえないのだが、紅茶というものへの作法のようなものがあるらしい。いや紅茶を飲むという行為にはこうするのが正しいのだということがあるようなのだ。
 この現実との<交換>というか、現実との「呼吸の交換」とでも呼びたいような、こういった現実への接し方は、ぼくにジョージ・オーウェルの名を刻み込ませた『1984年』にも現れていたように思う。
 たぶん主人公か誰かが言った言葉として、
 「現実というものに復讐されるだろう」という言葉があったように思う。
 捨てぜりふのように言っていたのだ。決定的な言葉として使っていたのだ。ぼくは覚えている。
 ぼくはその言葉を思い出したのだ。
 オーウェルはオーウェルとして生活というものを享受していたのだ。
 そして物事に対して、時代のなかで新しいこと、古いことといったことを選ぶ基準にしていない。選りわける基準にしていない。
 古くてもなんでも、じぶんの好み、じぶんの勘、じぶんの好き嫌いで選んでいる。それでいいんだとおもう。
 じぶんの好き嫌いで選ぶということは、大きくいえばそのことが自分のなかを通ったということだからだ。
 頭のなかで図式的にものごとの善し悪しをチェックしたということではなく、ものごとが自分の実感や身体性、資質や気質を、経験をたしかに通り抜けたということになるからだ。

2016年5月11日 (水)

葉の群れ

Cimg6979
 
 散歩中。

2016年5月10日 (火)

黒酢

Cimg6958
 
 おいしい。リンゴ酢よりもおいしい。

2016年5月 9日 (月)

赤い葉

Cimg6937
 
 散歩中。

2016年5月 7日 (土)

「レヴェナント 蘇えりし者」観想

Cimg6924
 
 レオナルド・ディカプリオ演じるアメリカ開拓時代の男の、大自然のなかのサバイバルと復讐劇。
 ディカプリオはこの演技でアカデミー主演男優賞をとっている。
 復讐に燃える男が最後は復讐のむなしさに気づいて・・・というストーリーだと思っていたが、違う。落とし前はつけるのだ。
 この映画の前に観た『極爆 マッドマックス 怒りのデス・ロード』というクソ映画にとんでもないストレスを抱えさせられたので、ちゃんとしたというか、まともというか、そういう映画でよかった。
 映画館も代えた。
 今度の映画館はずっと昔に宮沢りえの『豪姫』という映画を観た所だった。あの時はガラガラの映画館に冷房がガンガン効いていて閉口したのだ。それでというのかどうか覚えていないが、それ以来だ。
 映画館をよく見ると、ちょっと古くてちょっとさびれた感じがある。新しい映画館ではない。
 それがいいのだ。
 少しさびれた所だと気持ちが落ち着くのだ。
 『レヴェナント 蘇えりし者』は客がずいぶん入って来るので驚く。公開開始からそんなに日が経っていないからだろうが、平日の昼でもかなり入る。
 熊に襲われて瀕死の重傷を負い、雪におおわれた大自然のなかを生き抜くディカプリオ演じる毛皮狩り隊の斥候をつとめた男の身体的生命力におどろく。半端な生命力ではない。アメリカの雪におおわれた広大な白い大自然のなかを文字通りはいずり回りながら生き抜くのだ。
 ぼくは『史上最強のインディアン コマンチ族の興亡 最後の英雄クアナ・パーカーの生涯』という本を読んだとき、アメリカの成り立ちというのはヨーロッパから移住してくる白人たちと地元の先住のインディアンの戦いという単純な図式ではないということを知った。インディアン部族同士の戦いというものがあって、白人たちに協力するインディアン部族も多かった。白人とインディアンの戦い、インディアン部族同士の戦いというものが混在していたのだ。
 『レヴェナント 蘇えりし者』にもそのへんは出ていて、そういうことがもう常識になっているのかなと思った。
 前は白人は侵略者、インディアンは被害者という図式しかなかった。
 アメリカ先住民たちに滅亡という悲劇が訪れてしまうのだけれど、それは一元的な言い方は出来ない複雑な経路をたどってだ。
 『極爆 マッドマックス 怒りのデス・ロード』でマッドマックス役で出ていたトム・ハーディがこの映画ではディカプリオの敵役で出ていて、似たような役づくりをしていて、この野郎、ワンキャラクターしかできないのかと思ったが、もうちょっとちがう陰影をだしていた。
 ディカプリオと大自然の映画。

2016年5月 6日 (金)

店先のフクロウ

Cimg6911
 
 大学通りで。

2016年5月 5日 (木)

黄だいだいの花

Cimg6910
 
 散歩中。

2016年5月 4日 (水)

ジョン・コルトレーン「クレッセント」

Cimg6901
 
 ジョン・コルトレーンのアルバム『クレッセント』。とてもいいアルバムだ。
 コルトレーンの音楽には血の温かさを感じる。
 解説によると「クレッセント」というのは「三日月」という意味だ。
 曲は、
 1 クレッセント
 2 ワイズ・ワン
 3 ベッシーズ・ブルース
 4 ロニーズ・ラメント
 5 ザ・ドラム・シング
 演奏はジョン・コルトレーン・カルテットとなっていて、
 ジョン・コルトレーン テナー・サックス
 マッコイ・タイナー ピアノ
 ジミー・ギャリソン ベース
 エルヴィン・ジョーンズ ドラム
 と記されている。
 録音は1964年4月と6月。

2016年5月 3日 (火)

赤い花

Cimg6897
 
 散歩中。
 

2016年5月 2日 (月)

牧直視写真集「さくら絵巻」

Cimg6893
 
 牧直視という人の写真集『さくら絵巻』。
 桜を撮っているのだがうっとりした。本物の桜をみるよりもうっとりしたような気がする。
 

 

2016年5月 1日 (日)

白い花

Cimg6884
 
 散歩中。

« 2016年4月 | トップページ | 2016年6月 »