「レノン・リメンバーズ」
ぼくはビートルズよりも、ローリング・ストーンズのファンだったけれども、いま2015年、ミック・ジャガーについてなにかもっと知りたいという気持ちはないな。いま70歳くらいになっているはずのミック・ジャガーのライブコンサートでの動きはすごいとしかいいようがなくて、感動さえしてしまうが、その精神の内部をのぞきこんでみようという気にはならない。
もうだいたい分かってしまっていて、ミック・ジャガーその人は意外と平板なひとだったのだ。しかし、まだ関心の残っているひとがいる。ビートルズの中心人物だったジョン・レノンになら興味がある。興味がのこっている。
ジョン・レノンはなにを考えていたんだろう。なにを思っていたんだろうとおもう。
ということで午後の図書館の背の高い本棚のあいだを歩いていて、ミック・ジャガーについての本が目にはいるが足はとまらない。しかしジョン・レノンの本の前では足がとまった。手が伸びる。なになにジョン・レノンのインタビュー本だって、結構じゃないか。ジョン・レノン本人がしゃべっているのか。それはいいね。ジョン・レノン本人の考えがわかるわけだ。ということで、『レノン・リメンバーズ』という本を手にもって図書館の受付に向かった。
『レノン・リメンバーズ』
表紙にジョン・レノンの顔が大きく映っている。ひげを生やし、めがねをかけている。ビートルズをやめたあとのジョン・レノンだと思う。
訳は片岡義男、インタビューしているのは『ローリング・ストーン』誌のヤーン・ウェナー。
ジョン・レノンのインタビュー本だとおもって読んでいると、インタビューにオノ・ヨーコが突然はいりこんでくる。一度だけではない、たびたびはいってくる。ジャマだなあと思うが、この設定というか枠組みははずせないのだろう。
二人でひとつというか、オノ・ヨーコというのは変な日本人で、変な感じだなというのが1970年代はじめごろの印象で、レノンとヨーコのベッド・インして平和を訴えるという活動は最初マスコミで知ったとき、なにバカなことやっているんだろうと思った。
ジョン・レノンはヨレヨレというか、フラフラというかメロメロな状態にみえる。精神不安定な感じもする。そばに人がいたほうがいいような状態ではあるのかもしれない。1970年頃のインタビューのような感じだ(1970年の12月にインタビューをおこなったとヤーン・ウェナーが書いている)。
ビートルズのなかのイザコザと解散についていろいろしゃべっている。LSD体験のこともあけすけにしゃべる。映画『ア・ハード・デイズ・ナイト』についてもしゃべる。ジョン・レノンは率直だ。告白のように率直だ。
ジョン・レノンの影響を受けた人たちは幸運だったといえる。レノンのようにヨロヨロしてフラフラしてメロメロで、率直で、突飛で、まちがったことも、極端なこともする人ならば、これはちがうんじゃないかとか、おれはちょっとちがうなとか、どういう人なんだろうと思ったり、おれならこうするなということに、割合早くたどりつけたんじゃないかと思う。
当時の友だちの部屋にレノンの大きなポスターが貼ってあって、壁だったと思う。あるいは吊るしていたのか。
「変われ 変われ 変わることこそ正しい」といった言葉がポスターにあった。ぼくはその前に立って、これをどう考えればいいのだろうという感じだった。キョーカンできなかったのだ。
いまおもえばジョン・レノンのものすごいファンだったら、ちがう人生をあゆんできたんじゃないかと思ったりする。
硬い、しゃちほこばった語り口だけれども、これは翻訳のせいでこうなっているのではなく、実際にこんな感じだったんだろうか。翻訳のことが何度も気になる。
ロックンロールについてジョン・レノンがしゃべっている。ここはすごくいいな。長すぎて引用できないけれどもジョン・レノンはすごいとおもう。
知的で、シンプルで、思慮深い。
あちこちフラフラとさまよい歩いて、頭をぶつけ、ゲロをはき、ひきかえし、ちがう入口に踏みこんだり、迷ったり、ずいぶんまちがったこともやって、じぶんで考えることを始めた人なんだろう。じぶんの言葉をみつけだした人なんだろう。
すっかり感心してしまった後になるが、せっかくジョン・レノンはすごいなと思っていたのに、ジョン・レノンの印象は固まったのに、ポール・マッカートニーの悪口を、ヨーコといっしょに長々と話されるところを読んでしまうと、しらじらとした気持ちになってしまう。
ビートルズを特別おおきな存在にするのに功績のあったマネージャーのブライアン・エプスタインが死んだ後、ビートルズのマネージメントをだれにまかせるかで、ビートルズ内部でいろいろもめたらしい。当然重要な問題だから熱くなるだろうし、それまでたまっていた不協和音がふきだしたんだろうが。
ひとりで批難すればいいのに、ふたりでやるからいい感じにならない。ビートルズの音楽活動の終わりに向かっていたころはほんとうにグループとしてはひどい状態だったんだなということはわかる。
でもジョン・レノンは正直といえば正直だ。
ぼくはジョン・レノンが独立したあとに出したLP『ジョンの魂』のなかにある「ゴッド」という歌が好きだった。歌詞がものすごくよかった。
このLPは鐘の音から始まっているはずで、ビートルズが終わったあとの、一人になったジョン・レノンが出したアルバムのなかではいちばん好きなものだ。特別な感じがある。
太宰治の『人間失格』とおなじで、いちどで充分というか、くりかえし聴くにはとてもヘビーなものだけど、この『ジョンの魂』の感じはずっと長く覚えていた。
しかしジョン・レノンはぼくにとって特別な存在というわけではなかった。つねに動静が気になっていたというのではない。
ジョン・レノンが死んだときも、驚きはしたろうが、そんなショックというほどではなかったように思う。でも当時のぼくの友だちにはジョン・レノンのファンがいて、ラジオでジョン・レノンの死のことが放送されたとき、ちょうどそのとき車を運転していて、驚きで交通事故を起こしてしまった人がいる。車がひっくり返ってしまうような事故で、死の一歩手前までいってしまったらしい。
あれから長い時間が経った。
1980年にジョン・レノンは死んでしまった。銃で撃たれたのだ。
ジョン・レノンがこのインタビューを受けてから10年後のことだ。
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