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2013年11月 5日 (火)

ジョージ・オーウェル「パリ・ロンドン放浪記」

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 もうジョージ・オーウェルの書いたものは全部読んでしまったと思っていたら、本屋でこの『パリ・ロンドン放浪記』(小野寺健訳)をみつけてすぐ買った。

 ジョージ・オーウェルは外国の書き手としてはソルジェニーツィンと並んで惹かれた人物だ。ぼくにとっては思想家としてある。カントからフーコーまでの西洋の哲学者、思想家たちに関心を持ち続けることはできなかったが、ジョージ・オーウェルは追いかけて、さがして読んだ。

 『1984年』は強烈だったのだ。

 ケン・ローチ監督の映画『大地と自由』も日本で上映されたときはオーウェルの『カタロニア讃歌』が原作に近いような感じで紹介されていて観に行ったりした。

 この『パリ・ロンドン放浪記』はジョージ・オーウェルの最初に出した本らしい。1928年ころの話だからオーウェル25才くらいの時か。イギリス人オーウェルのパリでの職探しやまさに最下層の労働者生活といえるホテルでの皿洗いなどの体験記。

 この高級ホテルの皿洗いというのがすさまじい仕事で、超過重労働そのもの。苛酷だ。いまの先進国の人間でこういう仕事ができる者はいないだろう。

 それからパリを離れイギリスに帰ったオーウェルは当てにしていた仕事がなくなったりで、安宿を転々とするうちにホームレス生活に落ちる。その体験記がロンドン編。

 当時のロンドンでは浮浪者を規制するいろんな法律があって、結果として浮浪者たちはベンチや道路の端などに座ってはならず、つねに動いていなければならなくなった。座ってしまうと警官に逮捕されてしまうのだ。妙な法律群だがあったらしい。事実上のホームレス追い払い政策だ。お前らここにいるな、何処かに行けというわけだ。したがって浮浪者たちはじぶんらを泊めてくれる宿泊所を求めて放浪することになる。歩きまわることになる。

 この『パリ・ロンドン放浪記』にはあれほど強く感じさせるジョージ・オーウェルの<私>がまだ出てきていない。芯を感じさせない。だから物足りないのだ。本棚に入りきらず、ダイニングキッチンの床に平積みにされている本の山をみて、捨てようかとも一瞬おもったが、ジョージ・オーウェルの第一歩ではあるのだし、オーウェルの書いたものだからと考えて、置いておくことにした。

 たしかに第一歩なのだ。オーウェルはこの最底辺の体験を忘れ去るべきもの、思い出したくもないものとは考えていないのだ。道を曲がってもう一度もどってくるつもりなのだ。もっとも貧しい暮らしを、そこに生きるひとびとを、もっとも貧しくみじめな人たちの暮らしの世界をもっと知ろうとする。最後に書くのだ。

 「これが出発点なのである。」

 

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コメント

映画『Head In The Clouds』のメイキングで、主演のスチュアート・タウンゼントが役造りの為に、脚本同様に読み込んだ本とういことで、ジョージ・オーウェルの『カタロニア讃歌』を上げていました。

「イギリス人オーウェルのパリでの職探しやまさに最下層の労働者生活といえるホテルでの皿洗いなどの体験記。」

このような実体験ルポを書かれる方なのですね。

『パリ・ロンドン放浪記』も是非、読んでみたいと思います。ブログでのご紹介ありがとうございます。

どうも。

書きこみありがとうございます。

『オーウェル評論集』や『ウィガン波止場への道』もいいですよ。

布村さん、お返事ありがとうございます。

『オーウェル評論集』と『ウィガン波止場への道』はひとまず、amazonのほしい物リストに入れました。(^-^)/

ご紹介に感謝です!

よろしく。

むしろ自分はこれこそオーウェルの真骨頂だと思いましたね。
ユーモアから描写まで。

そうですか。

読み終わってからだいぶ経っているので、あれなんですが、面白い描写、魅力的な描写はあったと思います。

手元に置いてあるので、いつかまた読みかえすでしょうから、またちがう感想をもつかもしれません。

たろさんがそういう印象をもったのは体験的なものがあるわけですか。

旅の体験とか。

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