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2013年10月

2013年10月30日 (水)

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2013年10月27日 (日)

三島由紀夫「芝居の媚薬」

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 三島由紀夫のエッセイ集。三島由紀夫が芝居について書いている本をみつけて、こりゃーいいものあったなと思ったが、こうまで美学的な人が、文壇作家的な人物がなぜあんな事件を起こしたのだろうというのが感想らしい感想になりそうで、つまりあんまり引っぱりこまれない。しかし面白いのがあった。映画評論だ。三島由紀夫自身も出た『人斬り』(勝新太郎の映画ではこれがいちばん面白かった)、東映映画で鶴田浩二主演の『総長賭博』、『飛車角と吉良常』について書いたもの。

 三島由紀夫とこれらの映画の距離感がいいアンバイで、つまり珍しく躍動的にみずからの内面のステップを踏んでいて、ここの文章がいい。

2013年10月24日 (木)

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2013年10月18日 (金)

井の頭公園

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2013年10月16日 (水)

唐組「糸女郎」を観に行く

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 ここ何年かでいちばんよい舞台だった。物語の渦に内側からついていけた。だから最後の舞台あいさつがビシッとしなかったのは残念だった。

 例によって開場までの時間の過ごし方に悩んだ。暗くなった井の頭公園の原っぱのそばのベンチにぽつんと居たり、吉祥寺駅の駅前に行こうとして途中でやめたり、ウロチョロした。

 競技場のグランドがあって、たくさんの人たちがグランドの周を走っている。そのわきで短距離走のスタートダッシュの練習を延々と繰り返すグループがいて、ほかに行くところもなく、ベンチに座っているぼくは空の光りの消えていく風景のなかでくり返されるスタートダッシュをみていた。

 開場時間がちかづいてくるとどこにいたのか、ぞろぞろ続々と人が集まってくる。ほんとうに何処にいたんだろう。テントの明かりに照らされている闇のなかに人たちが立っている。

 唐組公演『糸女郎』。

 作・唐十郎。演出・唐十郎+久保井研。

 唐十郎に似た若い役者が出ていて、観ているうちにこれはたぶん唐十郎の息子だなと思った。大鶴佐助という役者だった。大鶴佐助は『糸女郎』のポイントのひとつになった。ほかにも似ているなと思ったのが大美穂という女優。顔がセリフをいうとき頬骨あたりがふくらむ。娘だろう。

 このセリフはなにをいわんとしているのだろうみたいなことはやっぱりよく分からなかったが、話のスジみたいなものはよくわかっていた。何故かわかった。物語の渦によくついていけていた。前半部はとくにそうだった。

 ハードボイルド風私立探偵を演じる稲荷卓央の軽妙な演技が、徹底して軽妙な演技がこの舞台にリアリティーをあたえている。大鶴佐助や赤松由美、辻孝彦らの演技もリアリティーをあたえる。この芝居は、なんかよくわかる感じがずっとあった。それはこの舞台にとてもリアルな感じを受けていたからだと思う。

 

2013年10月14日 (月)

ヤスダヨーグルト

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 飲むヨーグルト。おいしい。598円と高いが、飲み終わるのに1週間近くかかるので、結果そんなに高くなってないだろう。

2013年10月13日 (日)

「千のナイフ 、千の目」

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 蜷川幸雄のおもに芝居をめぐるエッセイ集。以前から気になっていた本だが、蜷川幸雄がえらい勲章を受けてから、なんとなく蜷川幸雄を敬遠気味で、そのことにひっかかっていて、ぼくの偏見的眼差しを上書きし、修正してくれるかもしれないと思って読みだした本でもある。(だが、国家や社会が歪みをもつ以上その偏見はある種避けられないともいえる)。

 断定する人で、こまかいところまで届く書き方はしていないが、真っすぐな物言いの裏表の少ない人だと思った。一方でタフで雑でおおまかでというところもあって、一点に針を通すようには蜷川幸雄の人間像はつかめない。ツラの皮の厚さとでもいうものはたぶん演劇系のひと独特のものなんだろう。

 第1章から第3章まであるうちのそれぞれの章があたえる印象はちがっている。

 内部が空白のように白いひとで、輪郭だけが黒々とはっきりしている人のように思えたし、内にはっきりとした核をもつ人のようにもみえた。

 なんでアイドル系のスターを舞台に起用するのだろうと、ずっと謎のようにも思っていたが、その理由はわかった。

 いまでも芝居を観に行くことは非日常をもとめてのことだし、ハレの日であることも確かだ。確かだが「消費する」という側面が決定的に強くなってしまった社会に蜷川幸雄もきつい思いをしているんじゃないかとおもった。

 80年代末に唐十郎の唐組の芝居を観に行ったとき、「自分を変えるような体験」を求めてやってきているのはぼくを含めて3人だけだった。(この3人だけだったというのは確かなことなのだ)。ぼくは切実だった。しかしほとんどの観客は自分を変えるような体験などは求めておらず、ただ「消費」しに来ていたのだ。それがはっきりわかった。演じる側もあきらかにそのことに慣れていた。

 ぼくは強いショックを受けた。その日のことはまだ覚えている。ぼくは地べたに座っていて、こまかい雨がずっと降っていた。

2013年10月 8日 (火)

「ルー・サロメ 愛と生涯」

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 時間つぶしのために読んでいた本だが、ルー・サロメが深い力と結びついていないような知性というのはクソだというような認識の持ち主だと思える伝記の書き手の記述にふれてからまじめに読みだした。ルー・サロメの時代だと深い力というのは神とか信仰ということになる。

 ルー・サロメというのはドミニク・サンダがルー・サロメを演じた映画の印象と、「サロメ」という名の強烈さが心にひっかかっていたくらいだが、この伝記を読んでいてこのロシア生まれの貴族の娘は、なかなかの人だったんだなと思い、読み終わったあとの思いをいえば、なかなかの人というよりはとても重要な人物、女の人だったと思える。正しい錘がついているひとのように思う。どんな知性であれ、人間の奥底とむすびつこうという方向性をもたない知性はだめだとかんがえるルー・サロメの存在を知ってよかったと思う。

 ニーチェ(何と孤独な男だろう!)との交際、リルケとの愛、フロイトとの交流。かれらのわき役ではなく、かれらと同じ高さにいた星の一つにみえる。

 H.F.ペータース『ルー・サロメ 愛と生涯』(土岐恒二訳)。

2013年10月 4日 (金)

立川で

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