「タクシードライバー」を観に行く
音楽がよかった。ニューヨークの街の風景とぴったり合って、この音楽が流れるとき場面が最高のものになる。これほど音楽と映像がうまく結びついた映画は滅多にない。
ニューヨークでタクシードライバーをやっているトラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)は海兵隊あがりで世の中の乱れに憤まんやるかたない思いをもっている不眠症の男だ。
そのトラヴィスが惹かれるのは、ある大統領候補の選挙事務所で働いている白いドレスのベッツイ(シビル・シェパード)だ。街のなかの気高い花に見えたのだ。このベッツイ役のシビル・シェパードは魅力的で、美しい。
トラヴィスのベッツイにたいする口説き方というのが見事なほど押し出しがよくて、女を口説くために生れてきた男かと思うほど立て板に水だが、天は二物を与えず、口説き落として連れて行ったのがポルノ映画館だ。馬鹿じゃなかろうか、頭を使えと思うが、当然ベッツイは激怒して帰ってしまう。もうトラヴィスの誘いに乗ることはない。
女にふられたこともあってトラヴィスの抱えていた正義感、世の中の乱れに対する嫌悪感が妙な方向に動きだす。ニューヨークのタクシードライバーがモンスターへと変わっていく。ロバート・デ・ニーロがいい。社会の真ん中の流れにはうとく、変わり者で孤独で、うっ屈した気持ちを抱え込んでいく26歳の男の輪郭がはっきりとみえる。
どこでどういうふうに考えるのか、思考の経路がよく分からなかったのだが、トラヴィスが街の汚れの象徴ととらえたのが大統領候補のバランタインだ。ベッツイが応援している候補だ。このバランタイン大統領候補の暗殺を試みるが、怪しげな男とみられ、何もできないまま終わる。
次にトラヴィスがやろうとしたのが12歳半の娼婦アイリス(ジョディ・フォスター)をヒモ男から救い出そうとすることだ。少女娼婦アイリスは自らの境遇を悲劇的なものとは考えていないのだが、とにかくトラヴィスはヒモたち3人の売春に関係した男たちを射殺してしまう。トラヴィス自身も重傷を負う。
街なかで拳銃を撃ちまくって3人も殺してしまったわけだが、世の中の不思議というべきか、マスコミによって殺人者ではなく、売春組織から少女を救い出した英雄に祭り上げられてしまう。街のヒーローにトラヴィスはなったのだ。新聞やテレビでこの事件が報道され、トラヴィスを見なおしたベッツイがふたたび前にあらわれる。しかしトラヴィスは軽くながしてしまうのだ。もったいないことするもんだ。奴の気持ちが分からん。怒っているのだろうか、もうこの女が街の気高い花に見えなくなったのだろうか。しかしここでもあの音楽が流れる。トラヴィスの表情、ベッツイの姿、ニューヨークの街の風景が、一瞬止まって浮かび上がり、姿をくっきりとみせる。夜のなかで強い光りを浴びる。しかし次の瞬間トラヴィスもベッツイもまた街の風景にまぎれ込んで流れていく。あの音楽とともに。
ニューヨークの不眠症男トラヴィスはうっ屈した気持ちを大噴出して変わったのか。そういうふうにもみえる。もうモンスターではなくなったのか。ニューヨークの街の凸凹に同化できるようになったのか。そんなふうにもみえる。
この映画には救いとなるような出口は用意されていない。映画の形としては歪んだまま終わる。<答え>といえるものはけだるくやるせない音楽とニューヨークの街の風景が重なるその場面そのものが<答え>なのだ。
『タクシードライバー』には監督をしているマーティン・スコセッシのこだわりが、切々とつたわってくる場面がいくつもある。生きてこだわっているマーティン・スコセッシの顔がスクリーンの向こう側に見える。音楽はバーナード・ハーマン。
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