ミスタードーナツで
ミスタードーナツでオールドファッションとエンゼルクリームを食べたあと。
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ミスタードーナツでオールドファッションとエンゼルクリームを食べたあと。
晴れ。
大学通り。
雨。
きのうはよく眠れた。あの激しい暑さはもう終わったんだろうか。
小林秀雄の『考えるヒント』(文春文庫)を読んでいる。これで確か三度めか四度めになる。これは好きな本で、小林秀雄の書いたもののなかでも、よいと思う本だ。
唯一、しっくりこないのは「ソビエットの旅」のなかのソビエトについての記述で、小林秀雄はソビエトという国家のことはよく分からなかったんじゃないかと思う。小林秀雄の勘や常識がここでは空振りしているようにみえる。
滅多に来ないが、『THE LIBRARY 2011』という「本」の展覧会をやっているギャラリーに行くために青山にやってきた。
むし暑い日を歩いたが、そのB1Fにあるギャラリーはひんやり静かな雰囲気で、少しのあいだ手作りの本の世界にくつろいだ。
母の七回忌が6月にあって、そのときは帰れなかったので、お盆に弟たちと母の墓参りに行ってきた。
写真は墓地のある丘の上から撮ったもの。
いつも行っている映画館に「午前十時の映画祭」という企画上映があって、複数あるスクリーンのうちのひとつで10時から昔の評判のよかった映画を上映している。
観にいこうかと思うことはあったが、10時からの上映というのは休みの日の朝のゆっくりした時間を奪ってしまうことになるので、二の足を踏んでいた。しかしいまは夏休み。一日くらいは朝を駄目にしてもいい。やっている映画は『刑事ジョン・ブック/目撃者』。
驚いたのはテレビで観たのと全然ちがうということだ。1985年の映画で、テレビで2、3回観ていて、そのたびにいい映画だなあ、面白いなあと思っていたが、それでも全然ちがう。映像のもっているゆったりとしたテンポというのはテレビでは感じることはできない。詩情とサスペンスの合体という妙といえば妙な位置にある映画を、サスペンスだけの映画にしてしまっている。「詩情」の部分をカットしている。
5、6歳のある少年が混雑した駅のトイレのなかで殺人を目撃する。少年は大きな帽子をかぶった変わった恰好をしている。少年はアーミッシュの少年だった。
アーミッシュというのはテレビも電話ももたない昔のままの暮らしをしている宗教的な集団。アメリカのなかの古い自分たちだけの暮らしを守っている人々だ。車は使わない。馬車を使う。家と家のつながりの強い村を、共同体をつくって生きている。まったくアメリカの現代都市文明とはちがう生活をしている人たちだ。
刑事が恐るべき犯人たちから少年を守ろうとするサスペンス。アメリカの現代文明とそこに属そうとしないアーミッシュの、頑固で古く、しかし昔ながらの温かさをもつ生活。それが『刑事ジョン・ブック/目撃者』のなかにあるテーマだ。二つのテーマが並んである。監督はピーター・ウィアー。
アーミッシュの村の情景が美しい。村の共同作業の情景が美しい。映像の力に息がとまりそうだ。人びとの笑顔。からだ全体からあふれる喜び。最初観たときはアーミッシュに反発を感じていた。いまはその反発はぼくのなかで消えている。
少年の母親(ケリー・マクギリス)と村に身をかくすことになった刑事ジョン・ブック(ハリソン・フォード)のロマンスが物語に深い陰影をつくっている。村で生活していくことはできない男と村から出ていくことのできない女の出会い。どんなに機械的な社会であれ、焦燥感につきまとわれる世の中であれ、男はそこに帰るしかない。女はここに残るしかない。こんなに余韻の強くのこる映画もめずらしい。
今回は軍畑(いくさばた)駅から御岳(みたけ)駅へむかって歩くコースを行ってみようと思う。
軍畑駅のホーム
軍畑駅から歩く
御岳渓谷遊歩道。ここを下りる
渓流に出会う
よくこういう道を造ったもんだなあ
この眺めは好きだ
麦茶をときどき飲みながら歩く。汗がしっかり出ている
遊歩道の半ばを少し過ぎた所。Tシャツが汗でぐしょぐしょだ
川の音がすごい。川のそばを歩くのは気持ちいい。1時間ちかく歩いた
御岳駅。ここで終わりだ
きのうのNHK・Eテレでやった「ソルジェニーツィン」の番組は強い印象を受けた。
人間を根柢で支えるものは思想とか論理とかではないだろうと思った。
名前がわからないので「夏の花」と呼んでいる。
本屋の近くのベンチ。
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