唐組「百人町」を観に行く
ひさしぶりに観ると実に新鮮で面白かった。
新宿・花園神社に唐組の『百人町』を観に行った。新宿そのものが久しぶりで、開場までの時間つぶしに紀伊国屋書店に行ってみた。人、人、人で、1階、2階に『1Q84』がたくさん平積みされていた。
唐組の芝居をかなり長いあいだ観に行っていた。公演ごとに、それから毎年に、という感じだったが、最後のころは何で唐十郎はいつも似たような芝居をつくるんだろう、いつも似ている芝居を観ている。何故ちがうスタイルの芝居を作らないのか、そんな疑問をもつようになった。しかし、『百人町』を観ていて、それはそれでいいような気がしてきた。このくり返し演じられるもののなかに唐十郎の描きたいものがあるのだという気がした。
『百人町』を観ながら唐十郎は生活というものをときどきは光る宝石のように扱ってみたいのだ。あるいは生活というものを精神性で貫徹できる世界として描いてみたくもあるのだ。そんなことを考えたりした。
「幼児性」「怪奇性」というコトバも頭のなかをよぎったが、ぼくのスタミナはそこで尽きた。といっても考えながら観ていたわけではない。唐十郎の芝居はストーリーを追ってもあまり意味はない。ただ観ていたほうがいい。唐十郎は意味を追えるようには作っていない、むしろ追いにくいように作ってある。
それにしても唐十郎の育った東京の下町にそれほどの、それほどこだわりつづけるようなものが、あったのだろうか、あるいは自分のそだった固有の世界にこだわりつづける力をいまも持ち続けているということなんだろうか、そのへんのことはまたいつかひらめくこともあるだろう。ただ唐組の芝居は三年に一度観るのがベストだと思って帰ってきた。
もう一つ、『百人町』の役者陣のなかではラーメン屋「味龍」を敵視してやまない病院院長を演じる辻孝彦の、最初から最後まで虚構性の強い演技が、『百人町』の舞台をささえる柱のひとつだと思った。怪優の味わいがある。
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